『PERFECT DAYS』とヴェンダースの天使たち
エンドロールを見ながら、これも天使の映画だった、と思う。
「これ」というのは、ヴェンダースの『PERFECT DAYS』で、「これも」と思ったのは、『ベルリン・天使の詩』と『時の翼に乗って』が重なって見えたからだ。
映画館に向かう前、『PERFECT DAYS』は、ジャームッシュの『パターソン』系の作品だろうなと思っていた。『パターソン』は初めて見た時に、人生の全てがここにある! と思ったくらい大好きな映画なので、『PERFECT DAYS』も絶対に好きになるという自信はあった。結果、もちろん大好きな映画になったわけだけれど、「こんなふうに生きていけたなら」というキャッチコピーからもうかがえる「自分なりに満ち足りた日常」「大切にしているライフワーク」「繰り返しの中のささやかな変化」などの『パターソン』的要素もありつつ、「天使」を媒介に人間を描いた『ベルリン・天使の詩』『時の翼に乗って』の世界観を色濃くうつしていたように思う。
ベルリンの天使
『ベルリン・天使の詩』は平たく言うと、ベルリンの街を見守っている天使が、ある女性に恋をして人間になる、という映画だ。天使は、大人の目には見えない。彼は毎日、同僚の天使と一緒にベルリンの街を巡回し、人々の心の声に耳を傾け、そばに寄り添い、見守る。
天使の見る世界は、静謐なモノクロで映し出される。一方人間の世界は、混沌として騒がしいフルカラー。心の声は心にしまわれたまま、人々は肉体に根差した感覚と感情をエンジンに生きている。二つの世界は重なっているけれど、決して交わらない。それに耐えかねた天使ダミエルは、肉体を獲得し、他者との関わりの中で生きていくことを選ぶ。そこは、無上の喜びがある代わりに、拭えない虚しさも引き受けなければいけない世界。続編の『時の翼に乗って』で描かれるのは、後者だ。
東京の天使
では、『PERFECT DAYS』はどうか。公衆トイレの清掃員である平山は、毎日決まった時間に目覚め、大切にしている小さな木々に水をやり、自販機で同じコーヒーを買い、車に乗って出掛けていく。淡々と、整然と、静かに幸福な時間を、平山は生きている。(このあたりは、『パターソン』とも似ていて、うっとりした。)
街中の公衆トイレを回りながら人間たちを見つめる平山の姿は、ベルリンの街を巡って人々を見守るダミエルに重なる。トイレの個室の中で泣いていた子どもは、平山に手を引かれながら母親を探すが、その母親に平山の姿は見えない。「天使」という存在が大人の目に見えないのと同じく、「トイレの清掃員」は大人には見えないのだ。ベルリンの街を見守るダミエルと、東京の街(の公衆トイレ)を守る平山。わたしには、平山が限りなく「天使」に近づいていくように思えた。
そんなある日、平山の姪が突然やってきて、しばらく居候をきめこむ。彼女との日々はきらきらと輝いていて、ほとんど口をきかない平山が嬉しそうに話す様子に、何だか胸が締めつけられるような気がした。数日後、彼女の母が迎えにくる。姪の母(平山の妹)との会話の中で、平山は感情を露わにし、彼の過去が少しだけ透けて見える。淡々と、平穏に暮らしている「天使」の平山には、そうでなかった過去があったのだ。
ヴェンダースの天使たち
天使が人間になる物語が『ベルリン・天使の詩』だとしたら、人間が天使になった物語が『PERFECT DAYS』なのではないかと思った。
若い女性に突然キスされて驚く平山の顔は、人間になったダミエルが初めて血を見た時の表情とあまりにも似ていた。人間と天使のあわいの顔。見ているだけはもうたくさんだ、と思うダミエルと、関わることよりも見つめることを好む平山。平山いつも手にしているカメラ。カメラは「目」の象徴だ。
たくさんの共通点があるダミエルと平山を決定的に分つもの、それは「過去」だろう。平山には、人間として生き、おそらく深く傷ついた過去がある。その過去を抱えて、あるいは抱えきれなくなって、平山は天使になったのではないだろうか。人間の生へと踏み出すダミエルの顔は、明るく生き生きとしていた。平山が天使になった時は、いったいどんな顔をしていたんだろうか。
『ベルリン・天使の詩』の中で、ダミエルより先に人間になった元天使(ピーター・フォーク演じるピーター・フォーク!)は、まだ見えないダミエルに話しかける。人間はいいぞ、寒い時に手を擦り合わせること、そして温かいコーヒーがある、と。思えば平山も、毎日缶コーヒーを飲んでいた。
追記
「平山」ってどこかで聞いたなと思っていたら、小津映画によく出てくる名前だった。『東京物語』とか『秋刀魚の味』の笠智衆の役名。ヴェンダースの小津安二郎へのオマージュだったのかな…
ちなみに『ベルリン・天使の詩』は、ヴェンダースの「守護天使」のひとりである小津安二郎に捧げられている。
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