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【観戦記】感謝で会場が一つになった ~トンガチャリティマッチ2022

試合前にトンガサムライXVが披露したこのチームのためのオリジナルのシピタウ(戦い前に鼓舞する踊り)は、最後に日本刀を抜刀するポーズとともに「KANSHA(感謝)!」と叫んで気合を入れた。それを日本のメンバーが本気で受け取る。このシーンがこの試合とこれまでの日本とトンガをラグビーでつないできた歴史の象徴だったように思う。

試合も試合を取り巻く空気も最高だった。ありがとう。


トンガと日本を繋ぐ「ラグビー」

今では日本のラグビーリーグワンチームにはトンガにルーツを持つ選手がいないチームはないのではないか?と思うほど日本ラグビーに溶け込んでいる選手たち。自ら来日した選手が日本に定住してその息子がリーグワンで活躍する。世代を通じた長い付き合いだ。

ここからは本試合に向けて、読んだ記事や聞いた話でトンガと日本のラグビーの歴史をまとめる。

トンガ王国の現国王より2代前の王・トゥポウ4世は親日家だった。当時の日本は高度成長中で、その理由を日本人の勤勉さと算数教育「そろばん」にあると考えたトゥポウ4世は国内で普及させる政策を立てた(現在では、そろばんが小学校の必修科目になっている)。

そろばん教育を担ったのが大東文化大学。大東文化大学でそろばん教育を担うきっかけとなった大東文化大学の中野先生がラグビー部長だったという偶然が重なる。「そろばん留学生を受け入れるなら、ラグビーができる人を」と言ったのがきっかけでトンガ代表経験があるノフォムリ・タウモエフォラウさん、ラグビー経験者のホポイ・タイオネさんが来日した。

以降、トンガから留学生を受入れ続ける大東文化大学ラグビー部は1980年代後半から黄金時代を築く。さらに大東文化大学卒業後の選手を縁があった三洋電機(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)が受け入れた。三洋電機で活躍したメンバーは、ラグビー日本代表に招集され日本ラグビーのパワーアップに貢献してきた。

現在では高校生からラグビー留学をする選手も多く、200人以上の選手がプレーしている。トンガと日本はラグビーでつながってきた。

トンガの危機に立ち上がった日本ラグビー界

2022年1月15日トンガ領海内のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山が大規模な噴火をした。同火山はトンガの首都ヌクアロファがあるトンガタプ島に近く、人口の80%以上が被災、通信網が1週間余りも途絶える甚大な被害があった。

トンガの危機に真っ先に立ち上がった1つがラグビー界だ。
試合会場での募金活動、チャリティグッズ販売やクラウドファウンディング等多くの活動が立ち上がった。どの試合会場にもトンガ国旗を掲げるファンがいた。

その中で、日本でプレーし引退後も日本で活動を続けるラトゥ ウィリアム志南利さんがトンガチャリティマッチ開催に動いた。噴火後すぐに日本ラグビーフットボール協会との相談をはじめ、決定後も各チーム・選手自身への選手派遣の交渉、スポンサー集めなどに奔走した。

トンガの選手一人一人は、トンガ王国の復興のために力になりたい、そしてお世話になった日本に恩返したい、そういう熱いハートをもって出場します。試合はトンガ王国でもテレビ中継されます。トンガ王国には復興に向かう勇気を与え、日本の皆様には恩返しの気持ちをお伝えできるよう、全力でプレーします。

出場選手紹介と試合の見どころ

トンガサムライXVの対戦相手には、NDS(ナショナル・デベロップメント・スコッド)が選ばれた。

NDSとは日本代表候補に入ることができると期待され選出された選手たちだ。

将来日本代表に選出される可能性のある高いポテンシャルを持った人材を招集し、日本代表のマインドセットを共有することで、将来日本代表に選出された際にスムーズな合流を目指す取り組み。

https://www.rugby-japan.jp/news/2018/09/17/49447

この試合のチーム「EMARGING BLOSSOMS」には2022年シーズンのNDSには初キャップを目指す若手選手から、これがラストチャンスであろうベテラン選手まで多彩なメンバ34名が選出されている。その中でこの試合に出場25人が選出された。

試合の勝利はもちろん、選手個人ではこの後日本代表に選出されるためのパフォーマンスを見せられるかがポイントになる。

個人的に注目は2人。
1人はCTB立川選手。2015年ラグビーワールドカップ™イングランド大会に出場したものの2019年の日本大会ではメンバー外となり久しぶりの代表への挑戦だ。年齢的にもこれが日本代表に入るラストチャンスかもしれない立川選手のパフォーマンスは要注目だ。
もう一人は、WTB根塚選手だ。リーグワンは第7節から登場し後から登場したにも関わずラインブレイカー(ボールを持って相手のディフェンスラインを突破した回数)でリーグワン初代トップとなった。そのスピードと瞬発力がパワーのあるトンガサムライXV相手に見せられるか、日本代表で通用するのかを試す試合となる。

一方のトンガサムライXVは、21番(リザーブのSH)の人羅選手を除いた24人がトンガルーツの選手だ。全てのポジションにおいて日本でプレーしている人数の多さと幅の広さだ。

前回ワールドカップ™2019で活躍したPR中島選手やSOレメキ選手など、日本代表経験者も選出された。写真からもわかる通りフィジカルの強いトンガプレーヤーらしいメンバーが揃った。

個人的に注目するのは、こちらも二人。
1人目はSOレメキ選手だ。2022シーズンの日本代表候補から外れたレメキ選手は、日本代表スタッフがチェックする試合でアピールするはずだ。WTBとして活躍した日本代表のプレーに加え、SOとして司令塔としてのリーダーシップやディフェンスを積極的に見せてくれるだろう。
もう一人は唯一トンガにルーツを持たないSH人羅選手。マスコミには「ひいおじいちゃんがトンガ人らしい、知らんけど(笑)」と笑いを提供する人羅選手だが、リーグワンでは花園Lで活躍しチームの昇格に貢献した有望は若手選手だ。短期間で全く違うチームでどんな成長を遂げ、どんなゲームコントロールを見せてくれるか楽しみだ。

試合前から興奮が止まらない

BREVE FOR TONGA

の横断幕で迎えられた秩父宮ラグビー場。曇り空に「KANSHA(感謝)」と入ったトンガサムライXVのエンブレムが映える。気温・風もちょうどいい観戦日和だ。

会場で嬉しかったのは、ファンが自分の好きなラグビーウェアを思い思いに身に着けていることだ。日本代表のジャージと各チーム・メーカのトンガチャリティTシャツが目立つが、過去の日本代表ジャージやリーグワンのジャージ、応援Tシャツ、ワールドカップグッズや日本以外の代表ジャージの人もいる。きっと何を着ていくか迷った選択だったと想像するが、何でもありで楽しいのがこの試合のすばらしさだと感じた。

コロナ禍になってしばらく自粛されていた国歌斉唱。ラグビーx国歌と言えば…のスクラムユニゾンが登場。そしてトンガサムライXVのノモフォリ団長。合唱団と一緒に両国の国歌斉唱を披露してくれた。

その後試合前には、この試合のために作られたシピタウ「ムテキ・トフィア」が披露された。

なお、この試合はJスポーツを通じて日本のラグビーファンに届けられるほか、トンガ語のブースが設けられトンガ語の解説でトンガ国内にも配信された。ムテキ・トフィアはトンガで試合を見ている人達にも届いただろうか。

真剣勝負の試合経過

素晴らしい試合だった。
パワーとフィジカルを前面に押し出したトンガサムライXVに対して、日本代表入りを目指すEMAEGING BLOSSOMSが果敢に挑んだ。また、日本代表と同じ戦術を試す場ともなった。

試合の具体的な展開は、いつも素晴らしい記事を発行いただくラグビーリパブリックやJスポーツラグビー(解説もした村上晃一さん)の記事でご覧いただき、以降では私の感想に終始する。

最初の感想は「素晴らしい試合だった!」だが、なぜ素晴らしい試合だとこんなに感じたのか。それは選手全員の必死さが前面に押し出されていたからのように思う。

それは力強いタックルであったり、最後の一歩まで詰めたからのオフロードパスであったり、ゴール前で体を滑り込ませるようなトライであったり。もしかしたら長いリーグ戦では戦術的には「ここまではやらない」ようなプレーもあった。

特にEMARGING BLOSSOMSは日本代表と同じ戦術やセットプレーで試合を進めたが、それでも一人ひとりの必死さが目立った。
両チームの選手の必死さは「感謝と恩返し」もあるだろうし、トンガ王国への想いもあるだろう。さらには日本代表またはトンガ代表へのアピールもあるだろう。

理由はどうであれ、選手一人ひとりのプレーにただ感動し拍手を送った80分間だった。

試合の様子(写真)

ありがとう、トンガ

ノーサイドの笛と同時に、戦ってきた選手はラグビーを通じて出会った仲間に戻った。試合後には両チームの選手が一つの輪となり祈りをささげた。

EMARGING BLOSSOMSから試合の記念の盾と日本刀(レプリカ)が送られ、その後は場内を一周しながらトンガサムライXVは何度もシピタウを披露した。

多くのファンは選手が去るまで会場で拍手と声援を送り続けた。
私も最後まで動けなかった。それは感動した試合の時間を少しでも長く感じていたかったからだ。

チャリティという意味で選手・スタッフそしてファンはトンガに少しでも応援を送れただろうか。
そうでなくてもこの試合は素晴らしかった。トンガサムライXVのおかげだし、EMARGING BLOSSOMSのおかげだ。

これからも続いてほしいと願わずにはいられない対戦だった。


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