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No.041 マルセル・マルソー、パントマイム日本公演

No.041 マルセル・マルソー、パントマイム日本公演


「凄かったよ!」由理くんが帰ってくるなり、興奮気味に語り始めた。マルセル・マルソー、フランスの国宝、沈黙の詩人などとも称されたパントマイムの第一人者の公演を、由理くん一人で観に行ったのだった。

仕事があったし、パントマイムにそれほど惹かれていなかった。しんや(僕です)がそんな様子を見せても、興味があれば由理くんは一人でも足を運ぶ。その逆、しんやが興味があり、由理くんがそうでもない時は「はい、気をつけて行ってね〜」と明るく送り出してくれた。

「そうか〜、凄かったんだ〜」「そやねん、凄かった〜」。何が凄かったのか、具体的な感想があまり出てこないが、感情の昂(たかぶ)りはこちらに伝わる。由理くんらしい。「もう一回観たいくらい?」「行こ、行こ!」答えになってないような・・・。途中が抜けてるような・・・。

三日後に、神奈川県立青少年センターホールに二人並んで、開演を待っていた。開演のベルが鳴る。何がおこるの?どんなふうなの?全く見当がつかない状態だった。幕が上がる。舞台左前方、顔に白粉(おしろい)を塗ったピエロ風の男性が、手に「凧(たこ)」と書かれた紙を持ち、体をやや横にして立っている。そこだけスポットライトが当たっている。マルソーではない、アシスタントか?静かにライトが消えていき、舞台は闇に包まれる。

数秒後、舞台中央にライトが静かに当たり始める。白の上下の服に身を包み、顔を白く塗り、唇を赤く塗ったヒトが闇の中に浮かび始めた。体をやや後ろに反らし、視線は右上に、両手は何かを掴んでいる?棒かな、掴んでいるのは?体と両手が動き始める。糸だ、糸をひいているんだ。動きは続く。徐々に、そこには無い、糸に引かれる凧が見えてくる、心の中に描かれてくる。凧を引くのに失敗したヒトは、落ちてしまった凧を嘆く。ライトが静かに消えていき闇に戻る。数分?数秒?時間の感覚を失う。凄い!体一つで、ここまで表現できるのか。

凄いモノが続く。直立したアシスタントが「檻(おり)」と書かれた紙を示す。再び闇に戻り、そしてひとり中央に立つヒトにライトが当たる。ヒトは前方に歩を進める。と、何かに当たる。手で障害物をたぐりながら、右に動いてゆく。今度は右で何かにあたり、後ろに動く。手探りながら、舞台をぐるりと歩き、長方形の檻を完璧に描く。舞台に檻が見えてくる。凄い!その檻が段々段々狭くなってくる。最後にヒトは、徐々に狭まる檻に潰され頭を垂れる。ライトが消える。暗転。

前日にマルソーを観た、由理くんの感想がいい加減でよかった。知識が入っていない、まっさらな状態で観た方が「出会い」の感覚が強い。由理くん「どやった、しんくん?おもろかった?」「うん、面白かった。世の中には自分の知らない凄いものが、まだまだあるんだろうねえ」凄いモノ、凄いヒト探しはまだまだ続く。

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