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「はっきりさせたい女」の恋の終わり

6年も前にnoteに書いていた、「恋って多分、何かいいこと。」の記事が最近またちょくちょく読まれていた。おそらくアルゴリズムによるおすすめに出やすくなっているのだろう。通知が出るたび少し懐かしくなるので、今日は関連して当時の恋愛の話を書く。特にオチらしいオチはない、ただの思い出話だ。


そもそもこの記事シリーズは、28歳の終わり頃まで交際経験のなかった私が、30歳の時点での自分の恋愛観や体験を振り返ってみた文章だ。書き始めたのは、人生初の恋人との交際が一年半を経過した頃。「あ、これは散々漫画や小説で読んだやつ」と思える恋愛的シチュエーションやトラブルを一通り経由したあと、そろそろいいだろうと思って書き始めた。

でも結局、4記事書いたところで止めてしまった。なぜかというと、4記事めを書いた少しあとに私はパートナーシップのまた新たなステージに突入し、そこに注力しすぎて恋愛について書く余力を失ったからだ。


その新たなステージが何かというと、結婚に向けての交渉であった。


前述の通り、私はこれを書いていた頃30歳になっていた。法律婚にこだわっていたわけではないし、血のつながった子どもを産めなければ嫌だとも思っていたわけでもない。しかし何らかの形でパートナーは持ち子どもも育てたいとは思っていたため、今自分がそれを実現しやすい状況にいるのかどうかは聞いておきたかった。気持ちの余裕があっても、肉体の方は待ってはくれない。

それである日の夜、「私は30歳になった。私の人生の希望としては結婚したいし子どもも持ちたいが、あなたは今どのような気持ちでいるのか。見込みがないのであれば私もいろいろ今後のことを考えようと思う」と彼にはっきり伝えたのである。

短刀を直入されすぎたためか、彼の方はかなり狼狽えており、その時点で「こりゃ戦況は私に不利だな」と悟った。短刀が脇差しだろうと大太刀だろうと、直入が峰打ちだろうと、着地点は変わらなかったと思われる。結果としては案の定、半年の持久戦の末に、彼の「やっぱりみきさんとの結婚は考えられない」という発言をきっかけに解散となった。

この、決定的に別れるための最後の2、3ヶ月が、私にとってはかなりの消耗戦だったのだ。

細かい顛末を書いていると長くなるので端折るが、私の方から別れようとしたのがなんとなく保留となり、もう少し前向きに考えるか、と包んだ風呂敷をほどきを始めたところで向こうから「やっぱりちゃんと別れたい」と改めてフラれるという、下手な往復をしてしまったのである。

最後の「やっぱり別れたい」は、神保町の伯剌西爾という店に二人で行ったあと、A1出口の近くで急に言われたセリフだ。さすがに驚いたし、さすがに腹が立った。と同時に、「こ、これは林真理子の昔のエッセイに書いてあった、『男は自分からフる形にしないと気がすまないので、女から曖昧に別れを持ち出すと一旦引き留めてくる』のパターン!」と変な興奮を感じたのも覚えている。

駅の階段を降りていく彼を見送らずに引き返すと、私はプンスカしながらすずらん通りを激しく歩き回った。その後は友人数人とハンナ・アーレントの『人間の条件』を読む読書会を予定していたため、プンスカしたまま会場のレストランに乗り込み、「さっき彼氏と別れてきたっ!」とメンバーに言って「えっ、さっき!?」と驚かれたりもした。この日アーレントについて何を話したかちっとも思い出せないから、きっと気もそぞろだったのだろう。


……といった当時のことを今思い返すと、私と元恋人は、お互い好意はあってもパートナーシップそのものに求めるものはまったく違っていたのだなあ、と改めて思う。

そもそも私は『坊ちゃん』の主人公並に短気で、「はっきりさせられるのにしない状態」が基本的に苦手である。はっきりしていなくても耐えられるのは、文章や漫画の仕事で扱う観念的な事象だけだ。元恋人と付き合い始めるときも、向こうがあれこれ曖昧なことを言っているのを見て「これは私から言えということか?」と思い、こちらからさっさと告白したくらいなのだ。このときも彼はえらく驚いていた。

もちろん恋愛には、何もはっきりさせない曖昧な関係や状態を感覚的に楽しむ流派もある。それはそれで素敵だし、元彼はこのタイプだったと思う。そのおかげで教えられたこと、楽しませてもらったこともたくさんあるから、彼には今でも感謝しかしていない。彼と付き合わなければ、恋愛経験の遅かったこの人生、「いかにもな恋愛らしいイベント」を楽しむ機会はもっとずっと少なかっただろう。


最初に書いたようにこの話に特にオチはないが、その後私は別の男性と結婚して、いよいよ子どもを育てることになりそうな状況にも突入している。夫とは「はっきりさせたい流」同士なのでそこの衝突はなく、今でも我々独自の形による恋愛を進行中だ。今でも私は、恋って多分、何かいいことだと思っている。


結婚についてはこの記事で書いたのでよろしければ

読んでくださりありがとうございました。「これからも頑張れよ。そして何か書けよ」と思っていただけましたら嬉しいです。応援として頂いたサポートは、一円も無駄にせず使わせていただきます。