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デザインリサーチとの出会い #デザインリサーチの教科書 への道(2)

デザインリサーチの教科書発売にあたり、その裏話、というわけではないものの、私がデザインリサーチに出会い沼に沈んでいくエピソードなどを書いてみようかなと思います。

ちなみに前回の記事はこちら。

まずはユーザビリティ評価から

HCIの世界に足を踏み入れた私ですがHCIと言っても様々な分野があります。まずは幅広く論文に目を通したりしていたわけですが、HCIの中でも特に、ユーザビリティ評価に興味を持ちました。これは、前回書いたように、もともとWebサービスを作ることが好きだった。ということが大きいのかもしれません。Webサービスを作る上では、何を作るか?も重要ですが、特定の機能をどう作るか?あるいは今後どのようにWebサービスを良くしていくかなど、考えることが多くあります。

たとえばどんなWebサービスにでもある会員登録機能を1つ取っても、どのような見た目で、どのような機能で、あるいはどのような画面遷移で目的を達成するかについては、かなりのパターンがあるのです。例えば、メールアドレスだけ入力させてメールアドレスが正しいことを確認した上で実際の登録をおこなうパターン。最初に必要と思われる情報をすべて入力させるパターン。最初はメールアドレスとパスワードだけを入力させて会員登録完了とし、その後で必要なタイミングで情報を入力してもらうパターンなどなど。細部まで検討し始めると、検討ポイントは無限にあります。例えば、入力したパスワードを*****ではなく、文字として表示するためのボタンをつけるか否かなど。

これらは、実装コストやユーザーにとっての利便性、あるいはビジネス上のKPIなど、様々な要素をもとに検討し判断されることなのでしょうけれど、その判断のためには材料が必要です。その判断のための材料をいかに集めるかという点で、世の中にはまだまだ多くの課題がある。このときの私はそう感じたのかもしれませんし、今から考えるとこのことが私がデザインリサーチの世界に足を踏み入れた瞬間と言えるのかも知れません。

その結果作ったのがWebjigと呼ばれるシステムです。これはWebサイトにJavaScriptのコードを挿入すると、そのコードがユーザーの行動、つまりマウスの軌跡やスクロール量と、画面の状況を合わせて取得するというものです。画面の状況を合わせて取得するというところがミソで、今では当たり前になっているSPA(SIngle Page Application)のようなシステムでは、ユーザーが表示しているWebサービスのURLがわかっていても実際にユーザーの画面に何が表示されているかを容易に把握することができません。このシステムは、ユーザーが見ている画面と、ユーザーの行動のマッチングを可能にしたことが新しく、評価されたのだと思っています。

Webjigは未踏ソフトウェア事業にも採択されており、大変ありがたいことにスーパークリエーターとして認定も頂きました。

また、論文誌への投稿も行い無事に採択されています。

その後は、研究室の先輩である中道先生と一緒に研究を進める機会もあり、こちらでは視線計測装置を使ったシステムを開発し、よりよいユーザビリティ評価手法について研究を進めたりもしました。発表した原稿はそれなりにあるのですが、論文誌に採録されたものだと、下記のようなものなどがあります。

奈良先端大で私が所属していた研究室には、視線計測装置がありました。正直なところ2020年現在は、視線計測装置を使ったユーザビリティ評価って、少なくとも実際の現場で行われることは少なくなったように感じているのですが、10年ちょっと前は、Webサイトの評価をするならまずは視線だよね!という風潮がありました。これは当時はPCによるWebサイト閲覧がほとんどだったためユーザーの視線を比較的計測しやすかったのに、今ではモバイルの重要性が高まってきたために視線計測が容易ではなくなったこと。また視線を計測したあとそれをどう分析するのかのノウハウがいまいち構築できなかったこと。そして、そもそも視線計測にもとづいて得られるインサイトが、必ずしも視線計測でなければ得られないものではないものも多く、諸々の費用対効果を考えると割にあわないよねという空気感が醸成されたこと、システムが複雑化していく上で、視線のような細部の作り込みよりも、もっと大局的な視野での最適化に皆の意識が向くようになったなど、様々な要因があるように思いますが、実際のところはわかりません。何にせよ、現代のプロダクト開発現場で視線計測装置を使う機会が滅多にないことは事実でしょう。

正しいものは作るためには、人々を理解する必要がある

これらの研究に従事していた経験からでしょうか。私は1つの結論に至ります。それは良いプロダクトを作るためには、ユーザビリティ評価などに代表されるような、リサーチが必要ということです。

このことは2年以上前になりますが、下記のようにnoteにも書いており、基本的な考え方としてはあまり変わっていないように思っています。

プロダクトを使う人のことを理解しなければ、正しいプロダクトは作れないのです。

これは現代のものづくりの特徴とも言うことができるでしょう。一昔前であれば、最低限のスペックを満たすようなプロダクトを作れば、売れていた時期があります。あるいは、そもそも人々がプロダクトに対して期待するポイントが明確だった時期もあるのでしょう。マーケットに競合が少ない時期などはそうかも知れません。例えばテレビが登場してしばらくは、テレビが見れること、が最重要であって、せいぜい次に価格でしょう。画質や音の善し悪し、あるいは外観がスタイリッシュであるかどうか、ましてや使いやすさなどを考えてテレビを選ぶ人は多くなかったはずです。

ところが今のプロダクトはどうでしょうか。例えば通販サイトについて考えてみると、世の中には多くの通販サイトが存在し、同じ商品を扱っている通販サイトが複数あることも珍しくありません。そのような状況でユーザーがプロダクトを選ぶ基準はどのようなものがあるのでしょうか。価格はもちろん1つの評価軸ですが、価格だけを見てユーザーはECサイトを選択しているのでしょうか。価格が同じであれば、ユーザーは何を基準に購入先を選択しているのでしょうか。

人々のニーズや、人々がどのように生活をしているかを理解することこそが、正しいプロダクトを作るための王道である。そんなことを強く意識しはじめた学生時代でもありました。

ただし、このときの私が思っていたリサーチは、今から振り返ると古典的な人間中心設計と捉える事もできます。つまり、開発したプロダクトを人々に使ってもらい、その改善ポイントを探すというものであって、そもそも人々は本質的にどのような生活をしたいのか、といった点まで掘り下げることは稀でした。これは現在の人間中心設計で主流となっている考え方とは少々異なるのですが、この違いについてはまた別の機会に。

そして就職へ

楽しい研究生活を送り、論文まで書いておきながら、普通に就職活動を経て就職することになります。私が就職活動して時期はいわゆる売り手市場と呼ばれるタイミングで、就職活動が非常に楽だったタイミングだと聞いています。いくつかの企業から内定を頂いたものの、キヤノンに入社することにしました。ところで大手メーカーではあるあるの話なのですが、入社するまでどこに配属になるかわかりません。私はなんとなくカメラの仕事に携わりたいなと思っていたものの、配属先はいわゆる中央研究所で、現在の製品とは直接関係がない数年後あるいはもっと先の将来の製品に搭載されるかもしれないテクノロジーの研究開発に取り組む部門でした。このような部門で、私の大学院での経験ではどのように活きるのでしょうか。

この話は次回のnoteで書けるとよいなと思っています。


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