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Margo-物語と糸- #19 |『モモ』を染める 6

Margoが染める『モモ』の糸シリーズのご紹介、最後は「時間の花」です。今回一番人気だったのがこの糸でした。

それはモモがいちども見たことのないほど、うつくしい花でした。まるで、光かがやく色そのものでできているように見えます。このような色があろうとは、モモは想像さえしたことがありません。星の振子は、しばらく花の上にとどまっていました。モモはその光景に、すべてをわすれて見入りました。そのかおりをかいだだけでも、これまではっきりとはわからないながらもずっとあこがれつづけてきたものは、これだったような気がしています。(『モモ』より)


 モモがマイスター・ホラの屋敷で時間の花を目撃するところは、物語のなかでももっとも深遠で神秘的で、美しい場面でしょう。モモが見た時間の花は、水底から顔を出し、ゆっくりと開花し、やがて散ります。そして一輪が散ると、また次に、さっきよりも、もっとゆたかで華やかな一輪が咲きます。
 マイスター・ホラによれば、モモが見た時間の花はモモ自身のもので、人によってそれぞれ姿が違うのだそうです。実際、Margoでも時間の花についてみなさまにイメージを募集しましたが、見事に全員違ったイメージを教えてくださり驚きました。マイスター・ホラの言う通りでした。 
 この美しく、ふしぎな時間の花と、素晴らしいシーンに想いをこめて、わたしたちもわたしたちのイメージした時間の花を染めてみました。

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物語なかでもっとも美しく神聖な場面
 モモはマイスター・ホラに「時間の花」を見せてもらいますが、そのとき同時に、時間とは何かを目の当たりにします。丸天井から差し込む光から音が聞こえていることに気づき、よく聞いているうちに、数え切れないほどの種類の音がひびきあっているのだということが分かるようになる。そして、いちども聞いたことのないふしぎなことば、声が聞こえてきて、モモは時間の花を咲かせるため星々がなにをやっているかを知るのでした。 

それは、太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、じぶんたちそれぞれのほんとうの名前をつげていることばでした。そしてそれらの名前こそ、ここの〈時間の花〉のひとつひとつを誕生させ、ふたたび消えさせられるために、星々がなにをやり、どのように力をおよぼし合っているかを知る鍵となっているのです。(『モモ』より)

 この場面でエンデは、時間とは何かということをとても美しく表現していて、読むたびに感動してしまいます。美しい花は人のいのちの象徴でもあり、生きている時間の象徴でもある。枯れてはまた次により美しく咲くのは、まるで輪廻転生のよう。「ひとりひとりの時間の花の色や姿は違うけれどみんな在るだけで美しいんだよ、生まれ変わるたびに輝きを増していくんだよ」と、そんなエンデの声が聞こえてきそうに思えます。

メッセージは読む人のなかにある 

 今月発売された雑誌『MOE』は『モモ』の特集をしていて、28年前に『MOE』が行ったエンデのインタビューが再録されていました。そこでエンデは
「私に全く関心がないのは、私の本にそれを読もうとする人が多いのにもかかわらず、いわゆる「メッセージ」なんですよ」
と語っており
「読者に何か重要な、世界的な意義を持つことを告げたいという衝動が私にあって、それから物語の装いを与えるというわけじゃありません」
と話しています。 

 聞く力の尊さ、遊びの大切さ、本当の豊かさとはどういうことか、時間とは何か……。『モモ』を読む人はきっと色んなことを感じ取り、考えるに違いありません。けれどもエンデは「そう読み取れるように意図して物語を書いていない」というのです。これは意外でした。どちらかというとわたしは『モモ』をずっと、わかりやすくメッセージがこもっている物語のように思っていたからです。しかしどうやらそれらは、エンデが意図したメッセージではなく、読者のわたしが物語から勝手にいろいろとキャッチしているものだったようです。先ほどわたしは「エンデの声が聞こえてくるように思えます」と書きましたが、実はエンデはそんなこと何も言ってないし、意図さえしていない。わたしが物語から勝手に受け取っていたというわけです。
 すぐれた物語は多義的で、読者にいろんなことを想像させたり考えさせたりするといいます。間違いなく『モモ』も、そうした作品のひとつなのでしょう。

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