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Margo-物語と糸- #25 |『秘密の花園』を染める 1

Margoは、いとへんuniverseの岡部陽子と白須美紀による糸染めプロジェクト。
物語の色をうつした心はずむ手染め糸をお届けしています。

今回の物語はバーネットの『秘密の花園』。まずご紹介する糸は、「秘密の扉」です。

庭のなかに入ったとき、メアリは腕になわをかけていました。しばらく歩き回ったあと、メアリは庭全体をとんで回ろうと思いました。そこそこに草の道があり、常磐木でかこまれたあずまやがあり、一、二か所に石の椅子や苔むした花鉢などが置かれていました(『秘密の花園』より)。

 主人公メアリが10年前に閉ざされた庭の扉と鍵を見つけ、ひとり「秘密の花園」に足を踏み入れたのは、まだ冬の頃。そのときの庭は枝だけになったつるバラが絡みあっており、緑も少なくて寂しい姿をしていました。
けれども庭はとても神秘的で、何かが起きる気配に満ちています。読んでいるこちらもメアリと一緒に秘密の花園に足を踏み入れた心地になって、ドキドキする場面です。
そしてメアリはこの庭を甦らせる決意をし、ディッコンと共に庭の手入れを始めるのでした。

 やがて輝く春を迎え、夏を経て秋にいたるまでの1年間、庭はドラマティックに姿を変え、それと呼応するようにメアリや従兄弟のコリンも命を輝かせていきます。庭の再生とともに人間も再生されていくのです。
 この毛糸では、ツタのカーテンに隠された扉から覗く秘密の庭をイメージ。さまざまな緑が生い茂り花々が咲く庭の、光と影を染めています。

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本づくりで学んだこと
 何年か前に庭づくりの本の仕事をしたことがあります。ある園芸家の先生の著作でした。その先生は日本にイングリッシュガーデンを導入した先駆けともいえる人で、ご自身の会社の裏に素敵なイングリッシュガーデンをお持ちでした。
 植物は生まれ育った地域の特質を持っていて、涼しいところ生まれの植物は暑さに弱い。それゆえ、イングリッシュガーデンで用いられる花々は湿気と気温の高い日本の夏を越えられないのだそうです。先生は、たとえ翌年も咲くとされる宿根草であっても春と秋で花壇を植え替えることを提案されていて、「そこまでやるのか……!」と驚いたことを覚えています。

 庭のデザインや花の選択はもちろん大事ですが、基本になるのはやはり土づくり。自然の微生物が豊かに醸した、パンのようなふかふかでいい匂いのする土が大切であることを教わりました。それゆえ園芸家たちは土づくりに命をかけるのです。カレルチャペックの『園芸家12カ月』でも堆肥となる牛糞集めに躍起になる園芸家たちが出てきますね。『秘密の花園』でも芽吹きの早春の頃は、土の匂いの描写が出てきます。

自分だけの秘密の花園をつくる
 またその本の仕事では、先生に造園を頼んだ庭好きのお宅も何軒か訪問しました。お金持ちの広々とした芝生庭園もあれば、何十種類もの薔薇で埋め尽くされた小さなお庭もありました。花に囲まれた庭のテーブルで、紅茶とお菓子をふるまっていただいたこともあります。
 『秘密の花園』を読みながらふと心に浮かんだのは、先生をはじめとするそれら園芸家の皆さんのことでした。みんな1日の大半を庭で過ごし、我が子のように植物の世話をされていました。お会いした方すべてに共通していたのは、日に焼けた肌と強く輝く瞳。まさしく、庭で働くメアリやディッコンそのものです。
どんな小さな庭でもいい、たとえベランダでも。自分だけの秘密の花園を手にいれて、日々の変化にときめきながら楽園をつくりあげてみたい。そうすればきっと、彼らのような瞳をした大人でいられるに違いないと思うのです。

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