Margo-物語と糸-　＃26 ｜『秘密の花園』を染める　2

Margoは、いとへんuniverseの岡部陽子と白須美紀による糸染めプロジェクト。
物語の色をうつした心はずむ手染め糸をお届けします。

今回の物語はバーネットの『秘密の花園』。2つめのご紹介は、「春」３部作です。

『秘密の花園』の中で春のシーンは悦びと奇跡に満ちていて、読む人の心をときめかせます。わたしたちも春の庭にはことのほか思い入れがあり、結局３種類できてしまいました。〈種と球根〉〈はじまり〉〈奇跡〉です。みなさんはどの春がお気に入りですか？


春〈種と球根〉

「ほら、出てる、出てる。ここにも、ほら、ここにも、それからここもだ！」
ディッコンはひざまずきました。メアリもそばにならんでひざまずきました。ひと群れのクロッカスが、紫に、オレンジ色に、金色に花を開いていたのです。メリーは前にかがむと、花に顔を近づけて何度もキスしました。（『秘密の花園』より）

　お屋敷でメアリの世話をしている姉のマーサに頼まれて、ディッコンは園芸道具と種をもって、メアリの元に現れます。そしてふたりはメアリがみつけた秘密の庭に入り、庭を生きかえらせるために世話をはじめたのでした。ほどなくして訪れる芽吹きの春に、一足はやく球根たちが花を咲かせるシーンです。
　大人の誰からも関心を持たれず人を愛することなく育ったメアリが、植物とはいえ自分から誰かにキスをするのははじめてのこと。秘密の庭でメアリが本来の人間らしさを取り戻していく様子がよく現れている場面です。この糸は、そんな春先の花々と種と球根のイメージです。

春〈はじまり〉

「あんなきれいなもの見たことないわ！　きたのよ！　あたし、この前の朝もきたのかな、って思ったんだけどね。まだほんとにきたんじゃなかったのよ。きたのよ、ほんとにきたの、春がきたのよ！　ディッコンがそういってるのよ！」（『秘密の花園』より）

　朝ごはんの前から庭に出ていたメアリが、屋敷に駆けてもどって従兄弟のコリンに春の到来を報告します。
「花が開いてるし、何もかもつぼみがついてるわ。今まで灰色だったところがもうほとんど緑のベールでつつまれているしね。それに鳥たちは大いそぎで巣作りをしているのよ」。
この朝ディッコンは子羊を抱いて荒野（ムーア）を歩いてきており、メリーは赤ちゃん羊を抱いたこともコリンに報告します。体が悪くベッドで寝たままのコリンは長いため息をつくのでした。

　〈春・はじまり〉は、本格的に春がやってきたこの日の秘密の花園をイメージ。何もかもが息を吹き返し、これから良いことがたくさん起きそうな、希望に満ちた春の庭です。

春〈奇跡〉

塀も、地面も、木々も、風にゆれる小枝も、つるも、小さなやわらかい葉の美しい緑のベールでおおわれていました。木々の下生えや、あずまやにある灰色のかめのなかなどは、どこもかしこも金や紫や白で彩られていました。木々はピンクや白の花をつけ、小鳥たちの羽音や、かすかなやさしいさえずりが聞こえました。あたりにはかぐわしい香りがみちみちています。そして暖かな太陽の光が、やさしい人の手のようにコリンの顔をなでました。
ー中略ー
その午後、世界全体が、このひとりの少年のために、その完全さを、光り輝く美しさを、そのやさしさを見せようとしているように思われました。（『秘密の花園』より）

　コリンが生まれてはじめて庭に出た日は、輝くような春の日でした。その素晴らしさは、自然とともに成長してきたディッコンでさえ「こんなにすごい日は見たことねえや」というほど。「きっと天の恵みによって春はこの場所に訪れ、集められるかぎりのものをそろえて見せてくれたのでしょう」と作者も綴っています。
　この日の庭はどれだけ美しく、命の輝きに満ちていたことでしょうか。春の喜びあふれる奇跡の１日です。

春の喜び
　長い冬が終わり植物たちが芽吹き、生命が躍動する春。わたしは春がとても好きで、３月ぐらいから小さな気配をいつも探しています。
ヒアシンスやムスカリが咲いた、鉢植えの木に新芽がでていた、風の匂いが甘くなった、雲が薄くなった……。日を重ねるごとに春らしさは深みを増していきますが、秘密の花園でもそうした細かなディテールにメアリが心を動かされており、「きっとバーネットも春好きだったんだなあ……」と確信してしまいます。
木漏れ日がきらきらと輝く爽やかな５月は、春のクライマックス。緑陰は濃く木々は風ひかり、バラの花が次々に咲き出すと「１年中５月だったらいいのに……」と思わずにいられません。車椅子が必要だったコリンが自力で立つことのできた奇跡のような美しい日もまた、そんな春の１日だったのではないかと思っています。
　
コリンはあれだけ身体が弱くて寝たきりだったのに、秘密の花園に初めて入った日に自力で立ち上がります。それどころか、ディッコンの助けを得ながら薔薇の苗まで植えることができました。奇跡のような春の日に、コリンにも奇跡が起きるのです。
　秘密の花園はコリンの亡くなったお母さんが愛した庭。きっとこの奇跡には、天国のお母さんが力を貸してくれたのでしょう。