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ホワイトクリスマスの祈り(1)

※全6話
あらすじ:
12月23日、日奈子にとって主任 水木との、最後のランチタイム、のはずだった。 2人が折り重ねていく言葉で綴る、優しい大人の恋物語。

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「火曜のあなたがほしい」

 ふと「日曜のあなたがほしい」ってセリフなんの歌詞だっけ?と日奈子は目を細め青空を見上げる。
 表参道ヒルズのエントランス横にミックスカラーのクリスマスツリーが飾られている。シルバーとゴールドで纏められ、ポインセチア、フィニアル、フロストボール、クリスタルスノーフレークも見える。そこにパールゴールドやシャンパンゴールドの電球が一定間隔で煌めいている。
 日奈子は平日にも関わらず店内に人々が吸い込まれていくのを眺めながら、クリスマスイブ明日だよなぁ、と力なく呟いた。
 人通りが一瞬切れた合間にiPhoneにツリー写真を収めた。
 フォルダを閉じてメイン画面に戻ると「12月23日 月曜日」とはっきり見て取れる。日奈子の白息が空に弱々しく消え入る。大通りに面した鉄柵から重い腰を上げた。

--日曜より、明日の主任の火曜もほしいわ。

 言葉に出した方が想いは叶うだろうか?よく世間で言われるWishリストなるものを作ってみようかと、一瞬頭をよぎった。
 心なしかパンツスーツがキツく感じてベルトとシャツの間に指を滑り込ませた。いや、確かにキツくなっている。掴めなかったはずの肉の感覚はいま摘んで分かる。主任の水木とランチに行きすぎたからだ。もう少しで一緒に働けなくなるから、辞める前に1週間のうち1時間のランチだけでも毎週時間をくださいと頼んだのは日奈子の方からだった。水木もここ最近太ったな、と笑いながら言っていたのを思い出す。
 タイムリミットまでのあと2ヶ月は案外早く過ぎ去り、気づけば今日が水木から指定された最後のランチタイム、というところだ。今年度末には彼は勤続13年の会社を辞める。
 スーツの内ポケットで震える社用のiPhone。体が浮くように胸が華やぐのを右手で抑える。
〈水木晃さんからメッセージが届いています〉とある。
 宝石箱を開くように静かにタップする。
『玉森さん、先にお店に入ってて下さい。遅れてすみません、12:10迄には着きますから!!』とあった。お店に入るまでに3回は読み返す。人波を縫いながら、エクスクラメーションマークまで余すところなく、視線を左右に流す。
 本館3階のイタリアンへ行くと、黒を基調にしたテーブルやカウンターの店内に、女性やビジネスマンの声が宙へ華やかにぽんぽん弾けていた。
すでに席は水木の名で用意されていた。茶色の革張りのソファに腰を下ろす。L字にセッティングされたグラスとカトラリー。手を触れられる位置に、数分後に彼が座ることを想像すると日奈子はそれだけで胃が膨らむ心地がした。
 きっかりと10分経った頃、彼は黒いコートとダークグレーの背広を片手に席に滑り込んできた。
「玉森さん、すみません遅れて」
 一重の大きな猫目が日奈子を見つめてふぅっと一息つく。お腹すきましたね、とウエイターに片手を上げながらシャツを捲り上げる。柔らかなオレンジの照明に額の汗が煌めく。急ぎ足でここへ向かってきてくれたのだと分かった。
 なに飲もうかな、と節高い左手人差し指がドリンクメニューを上から下まで撫でる。どの指にも指輪ははまっていない。日奈子は静かに吐息をした。
 ないことを確認することが、安心に繫がることはないにも関わらず。

#短編 #小説 #8000字のラブストーリー

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