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ホワイトクリスマスの祈り(4)

※全6話
あらすじ:
12月23日、日奈子にとって主任 水木との、最後のランチタイム、のはずだった。 2人が折り重ねていく言葉で綴る、優しい大人の恋物語。

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「君に揺れる」

--街がクリスマスに衣替えすると明るいのに淋しくなります、すこし。

 コートを取って立ち上がった時、さっきの日奈子の言葉が脳裏によぎる。
 これ以上の進展が望めないのが分かっている。
 日奈子がヴィトンの長財布を出そうとするところを水木は制してカードを店員へ手渡した。カードとレシートを差し出され、水木がありがとうと目配せし振り向くと、そこにはすでに腰を90度に折り曲げた小さな日奈子の背中があった。
「……ありがとうございます。美味しかったし、嬉しかったし、楽しかったです。……早かったな……終わるの」
背筋を正した日奈子の視線が、尻窄みしていく言葉と一緒に足元に向けられる。
「また行きましょう」
「……また?」
「ええ、また」
 未来の約束になりきらないあやふやな「また」が、顔を上げた日奈子の眉根を困ったように歪ませる。 立ちすくむしかない表情の日奈子へ、水木は微笑んで行きましょうと店を後にした。
 ヒルズのエントランスを出ると、吹き込んだ風に2人で肩をすくませる。
「今年は一段と綺麗ですね」
 てっぺんに飾られている金色に光る星を水木と日奈子は見上げた。〈あれが綺麗〉とスノウフレーク単体を写真に収める日奈子の背中を見つめる。
 太陽が街路樹を照らして、地面に影を落としている。表参道駅へ続くなだらかな斜面に視線を落としながら横並びに進む。
 レストランに入る直前はあんなに軽かった水木の足取りが、今は一歩進みでるのにぬかるみに沈んでいくようだった。
『次』を誘っていいんだろうか?わからない。
 周囲の喧騒がありがたかった。
「水木さんこのままご自宅に帰られるんですよね?」
 張り詰める冬の空気の中、カシミヤのマフラーを引き下げた日奈子がぱっと明るく水木に向き直った。
「そうですね」
「千代田線ですもんね?あたし、桜新町で田園都市線だから……」
「あ、うん……」
 日奈子へ向けて出た言葉が、独り言のように鼓膜に響いた。
 点滅した横断歩道を急がずに2人で自然と足を止めた。
「玉森さん、24日の夜、少しだけ……飲みに行きますか?」

#小説 #短編 #8000字のラブストーリー

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