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D・O・A 第十一章 本格捜査

「池上陽向の過失致傷」、「池上家の不法侵入」、「磯崎玲奈の殺人未遂」の三件について西原が所属する警察署は捜査を開始した。
 
これら三件にはネット民が深くかかわっているので、誹謗中傷からの絞り込み、SNS等の調査など警視庁のサイバー警察の協力を仰ぎ、生活安全課も池上家や磯崎家周辺のパトロールを強化、怪しい人物には片っ端から職質をかけた。
そういった対策が徐々に功を奏し、ネットの騒動もネット外の騒動も少しづつ収まって来つつあった。
 
西原ら刑務部捜査一課は地道にこの三件を捜査した。
粘り強い捜査により、陽向を捻挫させた男性の二人組と、澪奈に切りつけた男は特定されて逮捕された。
不法侵入の方は不特定数の人間がバラバラの日時に侵入しているので、目撃や映像がない分、難航していた。
しかし匿名だと安心して攻撃を行っていたネット民は、多数が特定されて起訴された。
その情報が拡散された結果、過激な攻撃の大半はなくなった。
SAYAの他界から数か月続いた騒動もやっと沈静化を見せ、池上家のある住宅街にも澪奈のマンションや周辺、関係者にも日常が戻って来ていた。
ただひとつ、池上小夜が居なくなった事を除いて。
 
 
そして遺族を除き、誰もがSAYAの喪失と騒動を忘れようとしている時、街の片隅でまだ頭を寄せて考え込んでいる男が二人いた。
黒須と西原であった。
三度、件の店で酒を飲みながら二人は自称、捜査会議をしていた。
 
西原が時系列をまとめた紙を黒須に見せていた。
まとめ表は次にように書かれていた。
 
・池上小夜自殺の三時間前に澪奈こと磯崎玲奈が池上宅を訪問。
・玲奈が小夜の部屋に入り、最初の三十分くらいは共通の友人や出演番組の話題で普通に話をしていた。
・それからは小夜の悩みであったネットの誹謗中傷やつきまとい行為などについて、玲奈に相談した。
・小夜は警察に相手にされなかった事で、かなり参っていた。
・玲奈は事務所に相談しようと勧めたが、小夜は以前に気にするなと軽くあしらわれた経緯から事務所に不信感を持っていた。
・八方ふさがりの小夜に対して玲奈は、事務所への相談を含めて出来ることを再試行しようと勧めた。
・小夜は不信感と恐怖から、玲奈に対しても「あなたも敵なの?」と激高しはじめた。
玲奈は何とか小夜を落ち着かせようとしたが失敗し、小夜が声を荒げて玲奈を攻撃しはじめた。
・この声を聞いた池上真由美は、小夜と玲奈が口論していたと思った。
・妹の池上陽向は、小夜の自殺の二時間前、玲奈がまだ在宅中に帰宅している。
・玲奈は小夜が落ちつく様に、一度池上宅を出る事にした。
・玲奈が池上宅を出たのが小夜の自殺の一時間前。
・玲奈が池上宅を出た直後、池上真由美も近くのコンビニまで買い物に出た。
・真由美は三十分後に帰宅したが、特に異変はなかった。
・真由美の帰宅から三十分後、姉が首を吊ってると陽向が真由美に知らせた。
・真由美が通報している間、陽向が小夜のマフラーを解いて寝かせた。
・約五分後に救急隊到着、すぐに救命センターに搬送。
・池上宅を離れた玲奈が戻って来たが、既に救急車が来ていたので怖くなって帰った。
 
このまとめ表を前に、西原が黒須に補足説明をしていた。
西原の説明の要点はこうだった。
 
・小夜と玲奈はプライべートでは仲が良く、それぞれの家に良く行く間柄であることが両方の家族から確認出来た。
・警察の記録と所属事務所への聞き込みから、小夜と母親の真由美が複数回相談していたのは確認した。
・事務所も軽く考えて無視しろとしか言わなかったらしい。
・玲奈にはこの日の前にも何回か相談はしていたらしいが、事務所にも対策してもらえずに、かなり参っていたと複数が証言している。
・口論の内容について真由美に確認したところ、実際には小夜が怒鳴る声しか聞いていなかった。
・陽向は小夜が玲奈に喰ってかかっているところに帰宅した。
・陽向は直近の小夜の情緒不安定を知っていたので、小夜と玲奈に会わないように自室に入った。
・玲奈が帰り、小夜の部屋で不審な音がしたので陽向が気になって小夜の部屋に行き、小夜がドアノブで首を吊っているのを発見した。
 
「どれもみんな裏は取ったが、結局は堂々巡りだな。犯行が出来たとすれば、やはり母親か妹、磯崎玲奈の三人。母親不在の三十分間に第三者が侵入しての犯行も可能性はあるが、犯行前に見つかれば大声をだされてしまうから考えにくい」
改めて整理した西原の説明に、西原も黒須もただ黙り込むばかりだった。
 
「ショウちゃん、本当に何かないか?」西原が万策尽きたという感じで聞いた。
「本当に俺にもわかりませんよ。コウ兄の方こそ、もっと他に情報ないんですか?」と黒須も返す。
西原は手帳とメモ帳を出してパラパラとめくりながら、「う~ん、無いなぁ」と繰り返した。
その様子をぼうっと眺めていた黒須だったが、西原が手を止めたのを見て「何かあった?」と聞いた。
「う~ん、多分事件には関係なさそうな事ではあるんだが・・・」と西原はいいながら、「妹の大学の先輩がいて同じサークルらしいんだが、どうやら姉の小夜にも妹の陽向にも気を持たせていたフシがある」と教えた。
「どこにでもいるんすね、そういうやつは」と気分悪そうに黒須も切り捨てた。
 
その後は新情報もなく、結果としてSAYAの自殺を覆すことは出来なかった。
この夜も二人にとっては苦い酒となったが、別れ際に西原が言った「今日もちゃんと玄関から入れよ!」という言葉が、黒須の酒をさらに苦いものにした。
 
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