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マッチョになるには程遠い。


わたしは、じぶんが言葉を持っていることをひどく煩わしく、猥雑に感じることもあれば、
言葉を持っていることをうれしく感じることもある。


わたしは、鏡のなかのじぶんをひどくくたびれた女だと感じることもあれば、
まだ酸いも濁もしらない少女のように感じることもある。


わたしは、映画に孤独を癒されることもあれば、
映画に孤独を突きつけられることもある。


わたしは、煙草を昔からの親友のように感じることもあれば、
煙草を無意味で無価値なものに感じることもある。


わたしは、もうここにあなたがいない事実に憤慨することもあれば、
もうここにあなたがいない事実に感謝することがある。


揺らぎの幅が大きくなると、決まってどこか遠くへ行きたくなる。
孤独を孤独のままやり過ごすことはできても、淋しさを淋しさのまま抱え続けることはできない。
マッチョになるには程遠い。
それでも、わたしが何かを選択するとき、それは最高に近づく一手だと信じる。
確信する。
狂った生きものなんだからと開き直って、わたしはわたしの洞窟を掘る。
そして力強く外へ飛び出す。


人間は何十万年もドタバタ見苦しく生きてきたのに
まだ自分に愛想を尽かすことも知らない
そういう狂った生きものなんだから
人間を見習ってはいけない

吉野弘 「冷蔵庫に」より


#エッセイ #日記

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