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両親2人とも要介護だった⑳

手先が器用で割合何でもできて、機転もきく。そうやって自分の人生を生きて来た母ですが、身体の自由がきかなくなって、全てにおいて他人の世話にならないと生活出来なくなるのってどういう事なのか。身をもって感じたでしょう。
この時代の女性にしては、自分の知恵や努力で人生を切り開きそれが信念や自信にもつながっていたのだとも想像出来ます。
ただそれが周囲への強気発言や時には暴言になってしまったことは事実です。
10代前半〜後半あたりの思春期の私との心理的な対立もあり、結局私は20代の初めに家を出て一人暮らしを始めました。ずっと地元で仕事をしていたにも関わらず、です。
母と一つ屋根の下で暮らすのが心底イヤだったのです。
正直、母のことは今でも好きになれません。自分も似た部分が多々あり、娘として反省しなければならないこともたくさんあります。だけど今現在はまだ亡くなった母に対して純粋に感謝や愛情の念を持つには至っていません。そんな気持ちになるのにあと少なくとも数年かかるのだろう、と思っています。



参考までに母が入所していた特養ホームの利用料明細の写真を載せます。

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↑これが通常の1ヶ月、31日分の施設利用の金額です。

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↑これは亡くなる年、入院した日数分食費が減っているのでこの金額です。

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↑施設に支払う金額の他、クリニックや薬局への支払い、個人的な買い物も含まれた1ヶ月分がこちらです。

これが特養ホームへ母が支払っていた1ヶ月の金額の例です。介護保険がありますから、これでも公的な補助に大分助けられています。
母のこの施設はかなり昔からある施設で、複数人で過ごす大部屋があったのでその分料金は安めだったと思います。それでも毎月この金額です。
新しく出来た介護施設は個室を増やしサービスも手厚く、利用者からの料金を高く設定できるようにしてあります。そうでないと介護事業として利益が出ないからその流れは当然だと思います。
両親の片方だけが施設に入るならば10万円程度で施設に入れるのは良い事だと思います。しかし、ウチは両親とも施設でお世話にならないとどうしようもない状態でした。
それも認知症の父は中々要介護度が上がらず、費用負担が大きい施設に入居させざるを得ませんでした。
2人共施設に入ってもらわなければどうにもならない状態と言うのは、本当にキツかったです。せめてどちらかが元気だったら、と何度思った事でしょう。

母が入所していた同じ介護施設に入居できるようにと、父も入所申込をしていましたが、入所可能との連絡が来たのは結局父が亡くなってからだいぶ経った後でした。

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↑この写真の母はまだ50代前半だったはず

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