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【短編】桃子の宝物


桃子の宝物

「ねえ、本当にあんたって捨て子なの?」
「お前が国に養われてるってママから聞いてんだよね。私らの税金で食わせてもらってるんだぁ!」
「え……」
 クラスメイトの女子たちのそんな声を聞いて、桃子は心臓が大きく跳ね上がった。
 会話がされているのは、窓際の席だ。
 そこでクラス委員の雉野さんが、女子の鬼瓦と鬼田に取り囲まれ、困惑した表情を浮かべている。
「それなのに高校に進学してるとか何様なんだろうねぇ!」
「それも私らの税金でしょ!」
 笑う鬼瓦たちを見て、桃子はイヤな気分になっていた。
「それっていいすぎだと思うよ?」
 ガタンと席を立って、桃子は大きな声で彼女たちを注意していた。ギャルたちが桃子を睨みつける。
「んだよ!」
「もしかして、あんたも捨て子だったとか!」
「ああ、それありえる!」
 鬼瓦たちがまたゲラゲラと笑う。心臓が大きく高鳴り、桃子は怒鳴り散らしたい衝動を堪えて低い声で言った。
「先生に、あなたたちが私の生い立ちをバカにしましたって相談してもいいかな?」
「は……」
「いや、マジなの……」
「うん。そうだけど。それって何か悪いこと? 誰かに迷惑かけてる? 自分じゃどうしようもないことを笑うって、人として最悪だと思うんだけど……」
「それは……」
「このことは先生に言っておくから」
 ギロリと桃子は2人を睨みつけ、窓辺の席へと近づいていく。
「大丈夫だった?」
 桃子は雉野さんに話しかけた。彼女の顔が不安に曇る。
「ちょっと、先生の所に行こう。さすがに酷すぎる」
「でも……」
「いいから」
 雉野さんの手をとって、桃子は教室を出て行こうとする。
「おい!」
「マジで猿谷にチクるのかよ! ちょっとした冗談だろ!」
「そうそう。大げさすぎるって!」
 鬼瓦たちは慌てた様子で桃子を呼び止めた。そんな2人を桃子は睨みつける。
「自分たちがバカとか言われたら怒るクセに、人を傷つける言葉は平気で言えるんだね」
「は!」
「お前、なに様のつもりなんだよ!」
 怒る2人を残して、桃子は教室の扉をぴしゃりと占めていた。
「あの……。大丈夫」
 そんな桃子を雉野さんが不安そうに見つめてくる。
「雉野さんこそ、あんなこと言われて平気なの?」
「いや、それは……。でも、本当のことだし」
「本当のことだから、タチが悪いの!」
 じっと雉野さんの顔を覗き込んで、桃子は強くそう言っていた。
「お前ら、なにやってるんだ? もう、昼休み終わっちゃうぞ」
 そんな2人に、猿谷先生が声をかけてきた。すると、雉野さんが顔を俯かせる。
「なんでも、ありません……」
「いえ、大ありです」
「あの……。桃子さん……」
「なにがあったんだ?」
「実は、雉野さんが……」
 桃子は、真摯な眼差しを猿谷先生に向けていた。そして、教室でなにがあったのかを話したのだ。

 その日のHRで、猿谷先生はクラスメイトにこう告げた。
「先生はどうしようもないことで人を笑うのは本当に最悪なことだと思う。特に家庭のことでその人を笑うならなおさらだ。鬼瓦と鬼田は放課後に先生の所に来てくれ、以上!」
 ギロリと名前を呼ばれた鬼瓦たちが桃子を睨みつける。でも、桃子はそんな2人の視線を無視していた。
「覚えてろよ……」
 鬼瓦の呟きが聞こえてくる。でも、桃子はそんな彼女の言葉に眼を鋭く細めていた。
 やれるもんならやってみろ。そう桃子は、心の中で思ったのだ。

 物心ついたとき、桃子は養父母に育てられていた。そんな養父母に引き取られた経緯はちょっと特殊だ。
 養父母が河川敷を散歩しているとき、川の側で泣いていたのが桃子だった。養父母は桃子を保護。彼女は養護施設に預けられたが保護者は見つからず、養父母が桃子をひきとった。
「きっと、桃子は子供ができない私たちに神様がくれた宝物なのよ」
「だから、桃子が来てくれて私たちはとっても嬉しいんだよ」
 自分の出自の話をするたびに、養父母は温かな言葉をくれる。だから、桃子は自分が捨て子であることを不幸に思ったことはない。温かな養父母に育てられて、幸せだとすら思っているのだ。
 だからこそ、それを嘲笑うクラスメイトたちが許せなかった。

 でも、放課後に異変は起こった。
「ない! ない!」
 桃子が大切にしている桃のストラップがどこにもなかったのだ。カバンにちゃんと付けていたはずなのに……。
 あれは、養母が桃子に手作りしてくれた大切なものなのだ。それをなくしてしまうなんて。
「あれー。捨て子ちゃんがなんか慌ててるんだけど……」
「ぷっ! マジでダサい!」
 すると桃子の側で鬼瓦たちが笑う。あ、こいつらの仕業だと桃子は思った。
 鬼瓦たちを睨みつける。すると彼女たちは、キッと桃子を睨み返してきたのだ。
「なによ。私たちがあんたのボロいストラップをどうかしたとでも思ってんの?」
 鬼瓦が口を開く。
「なんで、私がなくしたものがストラップだって知ってるの?」
 桃子は、ギャルたちに詰め寄っていた。
 ちっと鬼瓦は舌打ちをして、ポケットから桃のストラップをとりだしていた。桃子が大切にしていたものだ。
「そんなに大切なら、返してやるよ!」
「あ!」
 ポンっと鬼瓦は桃子のストラップを窓に向かって放り投げる。あっと、桃子は宙に放り投げられたストラップに向かって駆けていた。
 そのストラップを男子の犬養がキャッチする。
「お前ら、マジで胸糞すぎるんだけど。はい……」
桃子にストラップを放り投げ、犬養は鬼瓦たちを睨みつけていた。
「本当。私だけじゃなくて、桃子さんにまで酷いことするなんて、最悪……」
 そこに雉野さんがやってきて、2人に冷たい眼差しを向ける。
「なんだよ!」
「私たちは、こいつらのせいで猿谷に説教食らったんだぞ! このくらいの仕返し当然だろうが!」
「それは、お前たちが注意されるようなことしたからだろ」
「そうよ。私、あなたたちに色々言われて本当に嫌だった。それを桃子さんは注意しただけなのに……」
「な、なんだよ……」
「2人して私たちを責めやがって、覚えてろよ……」
 ギロっと雉野さんと犬養に睨みつけられ、鬼瓦たちはそそくさと教室からいなくなる。
 その光景を、桃子は呆然と見つめることしかできなかった。
「桃子さん、大丈夫」
「あ、うん……」
 そんな桃子に雉野さんが心配そうに声をかけてくれる。
「たっく、自業自得だろうが……」
 犬養は、鬼瓦たちが去っていた廊下を睨みつけ、そう吐き捨てた。
「その、本当にありがとう。2人とも」
「俺は、あいつらのやったことが胸糞だから注意しただけ」
「私も、桃子さんが私のせいで嫌な目に遭うのはイヤだから」
「2人とも……」
 2人の言葉に桃子は泣きそうになる。そんな桃子に雉野さんは微笑んでいた。
「今日は2人で帰ろう。また、あの人たちに桃子さんが何かされるとイヤだし」
「俺もまた何かあると胸糞だから、ついてってやるか!」
「うん。みんなで帰ろう!」
 2人の言葉に桃子は微笑む。
 今日はイヤなこともあったけど、いいこともあった。
 クラスメイトたちに守ってもらったことが、何よりも桃子は嬉しかったのだ。
「じゃあ、帰るか!」
 犬養の言葉を合図に3人は連れ立って教室を出て行く。桃子のカバンについた桃のストラップが、嬉しげにふわりとゆれた。

目的シート


目的→いじめという問題についてこの話を読んで考えてもらいたい
誰に→10代後半から、30代のNote読者
構造→桃太郎
設定→青春、いじめ問題、クラスメイトたちとの関係性
筋書き→鬼退治をいじめっ子退治に変更。宝物はかけがえのないクラスメイトとの関係性に変更。きびだんごは主人公である桃子の人間性に変更。鬼はいじめっこ。雉、犬、猿はいじめっ子退治に協力してくれる先生と生徒に変更。桃から生まれた設定を川で拾われた設定に変更。
表現→学園青春もの

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