見出し画像

ワインと地中海#24/エジプトのワイン03

「そういえば・・一度も葡萄の畑を見にエジプトへ行こう!という話はで出来たことないわね」
「ん?ないから」
「ない?」
「前世紀の終わりに一つ立ち上がったが、それだけだ。エジプトにワインのための葡萄畑はない。だから行かないんだ」
「だって・・そんなに栄えたんでしょ? それなのにないの?」
「ない。エジプトはモスレムの国だからな。国民の90%がイスラム教だ。酒は飲まない。作ることそのものにも禁忌感がある。それと気候的にも葡萄畑は成立しにくい。紀元前に栄えたナイルデルタの葡萄畑は全て全滅している。エジプトに残されているワイン文化は死滅している」
「それもまたビックリね」
「ある意味、エジプトはコンサマトリー(自己充足的)な社会だから、拡散もしないし、外へ植民地を広げたりもしないんだ。内部的に洗練化されてもそれで終わり・・踏襲者も・それを踏まえて当たらく伸びようという者もいない。唯一エジプトを出て広がった話は『出エジプト記』に出てくるモーゼだけだ。一時は隆盛したアトン教を背負ってエクソダスした彼だけが、特異例かもしれない」
「アトン教って、ユダヤ教のことなの?」
「違う。アトン神は太陽神だ。第18王朝第10代の王アメンホテプ4世が言い出した唯一神だ。エジプトは多神教の国だが、彼は神官たちの 専横的な態度を憎んで『神はアトン(太陽神)なり』として、とんでもない宗教改革をした人物だ。世界で最初に唯一神・絶対神を唱えた王だ。とてもユニークでね、アトン(太陽神)は人や獣の形をしていない。光として描かれている。
しかしとても尖っていたから賛同者は少なかった。既存のアメン神(多神教)の神官たちの徹底的な反抗に晒された。エジプトでは王は絶対的な力を持つんだが、結局多勢に無勢で失意の許に亡くなった人だ。アトン教は彼の死後、急速に衰退した」
「え~だってモーゼはユダヤの民を引き連れてカナンへ旅した人でしょ?」
「考古学的な証拠は何もない。あるのは聖書に書かれているということだけだ。・・というか、どこを通ったかということも聖書は記述を避けている。だからどこを通ったのかも分からない。それと、エジプト側にもユダヤ人が大挙してエクソダスしたという記述もない」
「なにそれ・・ないものだらけの出エジプト記なの?」
「ん。しかし偉大な書であることは変わりない。もっとも啓発を受ける本であることは揺るぎようがない。吉川英治の宮本武蔵を読んで感動するだろう?山岡荘八の徳川家康を読んで感動するだろう???同じだ」

「アメンホテプ4世が亡くなった後、アトン教は迫害を受けた。もしかすると・・神官モーゼが教徒を連れて国外へ逃げた可能性はある。証拠は残っていない。可能性があるだけ・・と云うことだ」
「神官モーゼがユダヤ人だったわけ?」
「モーゼの生誕話を読むと、TVの三流ドラマなみに偶然話の詰め合わせなんだよ。現実にそんなことは起きないだろ?という話だ。60万人のユダヤ人を連れて30余年間砂漠をさ迷ったという話も、経済的に不可能だろう。そうなると神様が天から毎日パンを配ったという話を付け加えることになる。30年間分、雲の上で60万人分パンを焼く天使さん、きっと大変だったろうな・・と僕は思うね」
「あらま」
「アトン教のエクソダスは有ったかもしれない。神官モーゼに近しい人がいたかもしれない。しかしそれはモーゼを含めて、ユダヤ人ではなくエジプト人だったとすべきだろうな。しかし‥同時に、奴隷あつかいされていたユダヤ人たちも東へ逃げた可能性はある。一度ではない。何度も何度も・・少人数単位で。それをまとめたのが『出エジプト記』だと僕は思うよ」
サントリーニ島大爆発で壊滅したレヴァント海岸都市に、しばらくフェニキア人たちは戻らなかった。彼らのいなくなった都市を我が物にしたのはカナン人とその周辺に生活していたヘブル人たちだった。経済的な中心地をさらに西へ移動していたフェニキア人たちはレヴァント海岸に戻ることについて関心が薄かったんだと思う。そろそろ北にミタンニ王国が成立しており、これとの抗争を避けたんだと思うな。ミタンニ王国はヒッタイトが巨大化するまでレヴァント海岸北側を支配していた人々だ。ちなみにVitis viniferaはミタンニ王国へ伝承されている。ここを通してギリシャ・ミケーネへ、そしてヒッタイトへと伝搬しいるんだよ。こちらの方はエジプトと違って拡散した。同時に地葡萄との交配が進んで、耐寒冷種が登場し始めているんだ。この地中海北部へ伝搬することで、オクシデンタリスoccidentalis源流オリエンタリスOrientalis源流は、より複雑に分化していくんだ」
「ふうん。だんだん、名前が多すぎてわからなくなってく世界へ突入し始めるわけね」



無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました