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ナダールと19世紀パリ#13/パンテオン・ナダール

ナダールが自宅(113 Rue Saint-Lazare)で写真アトリエを起こしたのは1854年2月。実は『パンテオン・ナダール』が発表したのは同年3月なのでひと月早い。これもいかにもナダールらしいと思う。
ナダールは先ず旧知の友を撮ることから始めた。・・おそらく彼が思いついた方法を確認するにはそれが一番良いと思ったからだろう。
その方法とは・・共感することだ。
カメラは銃口に似ている。向けられて緊張しないのは至難だ。緊張すればその人物の本性は潜りこむ。ナダールは徹底的に緊張を取り除こうとした。

ナダールの方法は巧みだった。
ナダールの自宅を訪ねると、客は中庭に通される。中庭がアトリエだったのだ。ナダールは此処で客と談笑する。ナダールは話上手だったが、同時に聞き上手でもあった。インタビューアとして一流だったのだ。いつしか客は寛ぎ心許す。
その間を見て、助手たちが庭の横に撮影のための準備を始める。客はナダールとの話に夢中で気がつかない。準備が出来たころ、ナダールはおしゃべりの場所を替える。
ナダールの写真の背景は、いつも単色の布だ。大仰な小道具はない。そんな布の前に席が替っても客は構えない。相変わらずナダールと談笑を続ける。その間、助手たちが客の着ているものを整えたり、背景の布の位置を調整する。いつのまにかカメラの画面の中心に被写体が来るようにセッティングが終わる。それでもナダールの話は終わらない。
ナダールはしゃべりながらカメラの後ろに回ると、カメラの布の中へ頭を入れる。
「ん~良い感じだ。」彼が微笑むと客も微笑む。ナダールの話は止まらない。話しながらナダールはシャッターチャンスを待つ。そしてその瞬間、小さく言う「ちょっとだけ動かないで。

ナダールは笑顔の瞬間ではなく、その人物が普段の自分に戻った瞬間を掴むのだ。ナダールのそれは極めて用意周到で絶妙で正確だった。それは儘、本人が撮られたくない本人だったりした。ナダールが撮った友人たちのポートレイトを見つめていると、僕はこんな自分が撮られることを、どこまで本人が喜んだかを考えてしまう。
兎にも角にもナダールの写真は衝撃的だった。ナダールは「写真家として」一躍名を馳せた。

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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました