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夫婦で歩くシャンパニュー歴史散歩/シャンパンボトルの地を訪ねてアルゴンヌの森へ05


アルゴンヌ博物館まではガラス美術館から30分程度北上。意外に近い。ドンジー村Donzyの外れにある。
でもその前に昼食を・・と思っていたので村の中央、エール川のそばにあるLE GRAND MONARQUEのレストランを予約しておいた。
https://legrandmonarque-donzy.fr/en/home/
ここのランチは秀逸だ。

「ドンジー村は有名なんだよ」
「どうして?」
「フランス革命の時、逃避したルイ16世が捕まった場所だと言われてるところだ。ヴァレンヌ事件La Nuit à Varennesと言うんだがな、そのモニュメントを訪ねて、訪ねる人が多い。日本人観光客も多いそうだ。「べるばら」な。そのファンたちが訪れるそうだ」
「このレストランも訪れるのかしら?」
「そりゃ判らない。これから訪ねるアルゴン博物館の大きなテーマのひとつだ」
Musée de l'Argonne
2 Rue Louis XVI, 55270 Varennes-en-Argonne,
https://tourisme-argonne-meuse.fr/le-musee-dargonne/
「それ。見に行くの?」
「ついでにな。ヴァレンヌ事件は馬鹿々々しくて話にならない事件だ」
「え~なにそれ。私、ベルばら見てないから知らないけど」
「フランス革命のフィナーレだ。革命軍に追われて、国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットとその子供たちがパリのチュイルリー宮殿から逃亡した話さ。彼らはこの辺で捕まった。そして連れ戻されてギロチンにかけられた話だ」
「ふうん・・」
「それ以上、聞きたがるか・・。もともと国王ルイ16世は暗愚で猜疑心が強くて嫉妬深い男だった。周囲にあいつはダメダメだと見られていることを知っていたから余計に意固地になって、何をやってもトラブルと失敗だらけの男だった」
「なぜそんな人が大様になっちゃったの?」
「なぜ?といわれてもだな・・王位は世襲制だからなぁ。蒙昧暗愚な王は歴史の中にまま出てくるが、ルイ16世は暗愚王ベスト10に充分入るやつだった。その、彼の人間的な歪みがフランス革命が起きる大きなきっかけにもなっただよ。そして・・いよいよ逃げるしかないと決まった時も、いつものように逡巡を重ねて、周囲を翻弄させた。逃げ出すというのに、荷物を馬鹿みたいに増やしたりした。これはマリー・アントワネットのせいだとも言われるけどな。
マリーアントワネットも毅然として王女然とはしていたが、どう考えても聡明さはなかったな。つまりダメダメ男と高慢女の、深夜の逃避行だったんだが、自分の状況も周囲の状況も理解できないまま大荷物に大人数で出発したんだ。で・・捕まった。ここらあたりでな」
「まあ、ひどいクさした説明の仕方ね。わざわざ、その歴史を見に行くの?」
「わざわざはいかない。まあ、ついでだな。アルゴン博物館にはこの地域の史跡で見つかったものが沢山所蔵しているんだ。古代から中世までのガラス製品、タイル製品、陶器などの多くの工芸活動があるんだ。それを見に行く。でもその前に、ルイ16世がここで捕まりましたモニュメントにも寄るよ。それからだ」
食事が終わってドライバーさんに電話をすると、すぐさまレストランの前に車を付けてくれた。
ルイ19世逮捕のモニュメントは前を通るだけで博物館へ向かった。10分ほどで到着した。

しかし・・やはり此処へ見学に来る人は、みんなヴァレンヌ事件が目的で来るんだろうな。博物館の入口にルイ16世逮捕を再現したジオラマが飾ってあった。

中に入るとマエリザベート(ルイの妹)が所有していた旅行トランクやルイ16世が逃避行のために持ち出した自分専用の銀のスープなど、が置いてあった。そして奥の部屋にはマリー・アントワネットの生涯を描いたジオラマが有った。
1791年に描かれたヴァレンヌの町を描いたレリーフの前に立った。嫁さんが言った。
「あれだけクサされた話を聞いちゃうと、ここの展示物もずいぶん違って見えるわね」
「じつは、ルイ一族逃避行の出発がエラく遅れたのは、王女様たちが出発の前にルイ・ヴィトンのブティックで買い物をしていたからという話もあるよ。そうなるとホントに笑い話だ。
それよりこの博物館で興味深いのは、やはりアルゴンヌで代々作られてきた工芸品のコレクションだ。それと農具、そして様々な工房で使われた工具だな。これはなかなか興味深い」

そして、もうひとつ。アルゴンヌを翻弄した第一次世界大戦の遺品である。もちろんそのコーナーがあることはHPこれにはでしっいた。しかし実物を見ると、これには圧倒されてまさに無口になってしまった。当時のオブジェクト、計画、地図、ポスター類。そしてフランス軍の制服の変遷。こうしたものが写真と共に模型で飾られている。
そしてそのシンボルが、木の根元に放置されたままのドイツ軍ライフル。それが周りの木に覆われて閉じ込められているオブジェだった。戦いは終わって悲劇が収まった後も・・記憶は消えない・・と言うことだろう。
これには大きなショックを受けた。100年以上経っている。それでも記憶が色褪せて途切れないための博物館だったのだ。・・実はこの博物館のメインテーマは『戦争の記憶』だったのである。

博物館を出た。そしてTGVの駅へ向かう途中、戦争の記憶に圧倒されて言葉もなく黙っている僕たちに、ほとんど口をきかなかったドライバーさんが英語で、ボソボソと言った。
「アルゴンヌには、沢山の戦争の傷跡がそのまま手つかずに置かれています。無数の同胞が亡くなっことを忘れないためです。メイン・ド・マッシージュ、ヴォーコワの丘・285番丘、モロー渓谷キャンプ/モンフォコン・ダルゴンヌの丘/軍人墓地・・たくさん、あのドイツ軍のライフルのように残されているのです」
僕らは黙って頷いた。

帰りのTGVでも、やはり僕らは無口のままだった。
「・・『西部戦線異状なし』という映画がある、ルイス・マイルストン監督が1930年に作った映画だ。観てないよな」僕が言った。「家に戻ったら、そのうち観よう」
嫁さんは頷いただけだった。


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました