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カスティヨン01/サンテミリオン村歩き#53


ホテル・エピクリアルへ到着したのは18時を過ぎていた。
Logis Hôtel l'Epicurial(24 Av. de la Mairie, 33350 Saint-Pey-de-Castets)
https://www.hotelrestaurantlepicurial.com/

夕食をお願いしていたので、それを楽しんだ。大上段に構えない自然の美味しさで、大満足した。シェフが挨拶に出てくれたので、嫁さんが感激していた。食後のフロマージュとワインを楽しみながら嫁さんが言った。
「今日は、ずっとドルドーニュ川に沿ってボルドーへ向かって走ってきたんでしょ?」
「ん。ひたすら続く緩やかな傾斜の平野だったな。右の奥にドルドーニュ渓谷の尾根が見えてただろ」
「ええ。高い山なみじゃあなかったけど、ずっと有ったわね。」
「中央山塊西の外れだからな。山らしい山は、さすがにこの辺まで来ると無い。でも土は粘土石灰岩土壌で中央山塊らしい気質は保持したままこの辺りまで続いてる。そしてその土壌が、この地区のワインの基底になってるんだ」
「そうねぇ、ずうっと葡萄畑だったわねぇ」
「歴史は長い。ローマの退役軍人がケルト人との直接交易を目指して、地中海側から開墾に入る前からだ」
「リグリヌ人?だっけ」
「そうだ。彼らはローマ人より早くケルト人から錫鉱を買うためドルドーニュ川中流に葡萄畑を起こしていた。ナルボンシスの退役軍人たちがボルドーに新都市を建造したのは、彼らの商売を知ったからなんだ。二匹目のドジョウを狙ったわけだ」
「ふうん。ということは、ケルト人たちはワインと錫鉱を物々交換するためにジロンド川/ドルドーニュ川に来ていたのね」
「そうだ。そのケルト人たちに、ナルボンヌの退役軍人たちが地中海から運んできた自分たちのワインを売ったとこから始まった」
「なるほどねぇ、ずっと不思議に思ってたの。ボルドーという町を作ったのは、ナルボンヌに土地をもらったローマ軍退役軍人たちなんでしょ?彼らは最初、地中海側でローマの商人たちが交易に使うワインをせっせと作っていたんだけど、あまりにもローマ商人が買い叩くので、自分たちでも直接ケルト人たちにワインを売ろうと思って、山を越えて交易所をジロンド川へ起こしたという話。なるほどなぁと思って聞いていたんだけど、でもどうして今まで交流が無かったケルト人たちは、そこに退役軍人たちの交易所が出来たって知ったのかしら?って。
なるほどねぇ、それで判ったわ。リグリヌ人たちからワインを買うために、ケルト商人たちはジロンド川からドルドーニュ川を抜けて買い付けにきていたのね。ローマの退役軍人たちは、その経路の途中に自分たちの交易所を作ったのね」
「ん。そのとおりだ」
「ようやく何故泥沼に埋もれていたボルドーに交易所を作ったのか、納得したわ」嫁さんが目を輝かせて言った。
ガルソンがびっくりするくらいの驚きだったに違いない。
「そうか・・先例があったという話はしたことなかったな。そりゃ悪かった。でも気がついてくれてありがたいよ。今回のドルドーニュ散歩の最大の成果かもしれない」
「なるほどねぇ~。ドルドーニュ川の分岐点に市場を起こして、どうですかぁ?これ美味しいですよぉ、安くしときますよぉってやったわけねぇ」
「う。きっとそうだ。・・おそらくだな。実際に、地中海側で作った退役軍人たちのワインの方がリグリヌ人たちのものより甘味が高かったと思う。セパージュが全く別物だったからな。市場は急速に大きくなったに違いない。
でもそうなると、今度は陸送という問題が大きく前面に出る。当時ワインを運ぶのはアンフォラという大きな重い投機に入れてたからな、これが落とすと簡単に壊れる。実は今でも地中海側からボルドーへワインを運んだ陸送ルートには、その破損したアンフォラの破片が転がっている。相当量破損したにちがいない」
「それが自分たちでボルドー側に葡萄畑を開墾した理由だったわけね」
「ん。ボルドー側で育つ耐寒冷種の交配が出来たからだ」
「でも、ボルドーは泥沼の町・・」
「ん。ジロンド川がピレネー山脈から運んだ土砂で河口は数十キロに渡って泥沼地帯だった。葡萄畑なんかとても作れない。それでジロンド川/とドルドーニュ川を少し上がったフロンザック/リブリヌ/サンテミリオンに葡萄畑を開墾したんだ」
「カスティヨンの畑もそのときなのね!」
「ん。でも当時はまだカスティヨンという区切りはなかった。サンテミリオンの一部とみなされていたんだろうな。同じくカオール、ガイヤック、マディラン、ジュラソンにも葡萄畑を起こしたんだ」
「あなたがボルドーワインを識るには、ドルドーニュ川やロット川、タルン川そしてアドゥール川、ポー川のワインを理解しないと片手落ちになるといった理由が、それなのね!」
「ん。メドックが泥沼から今の形になったのは500年経っていない。メドック=ボルドーというのは出自からしておかしい。今回のドルドーニュ川を辿る散歩は、この2000年のボルドーワインをお習らいするのが目的だ」
「なるほどねぇ。今じゃ脇役扱いされる地域が、本当は一番正統的な本流だったわけね」
「そのとおり」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました