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ワインと地中海#37/キルケアの旧市街を歩く#05

コルフ最後の夜はホテルのオーナーだったAristotle Onassisの名前に因んだアリストスARISTOSに予約した。さすがにワインはフレンチがきちんと揃えられていた。
「オナシスって有名な人なの?」嫁さんが言った。
「1975年に亡くなった。世界一の船舶王だった。ケネディ夫人ジャクリーンの再婚相手だよ」
「あ!思い出した。ジャクリーンさん、再婚相手が亡くなったとき、葬儀に行かなかったこと」
「ん。そのオナシスだ。この店の名前は彼のことだ。オナシスは何もかもが超一流志向でね、女房も元ファーストレディだったことで選んだ。食事もね、そうだった。その彼の趣味を踏襲したのがこのレストランだ。たしかに料理のクオリティは此処がコルフでは断トツ一番だそうだ」
「ふうん。でもミシュランには選ばれない・・のよね」
「そりゃそうだ。そんな係累はフランス人のお好みじゃない」
「ワインは・・」嫁さんはワインリストを見た「フレンチなのね」
「そだな。クオリティの高い料理は、イタリアもスペインもギリシャも全部、モダンフレンチなのは仕方ないな。となると、ワインもフレンチになっちまう。これも致し方ない。だからギリシャワインが出る幕は無くなってしまう」
「なるほどね。でもそれはそれで、ちょっと安心したかも。もうそろそろ地ワインはくたびれてきたかも」
「すいません。僕の偏向にあわせてしまって・・土地に行くと、その土地のワインに浸りたくなる。ブサ可愛くてもね、そこでしか味わえないワインを選びたくなるんだ」
「はいはい、わかってますよ」
「ギリシャ人はワインを溺愛していた。ワインとオリーブが地中海のシンボルであり、ギリシャのシンボルだ。・・でも・・わかったろ?これらは彼らから始まったものではなかった」
「フェニキア人のもの・・だった」
「ん。彼らがさらに西へ去った後、濡れ手に粟と手に入れたものだったんだ。とくにクレタ島が大きな始発点だったと僕は思うな」
「どうして?」
「ギリシャ人は、エーゲ海沿岸・アナトリア地中海沿岸に幾つもの城塞都市を興した。そしてどこの詳細都市も万遍なく、近くに葡萄畑・オリーブ畑を持っていた。その植えられた葡萄の出自はクレタ島からなんだよ。ワインの技法もクレタから運ばれたものなんだ。ギリシャワインの始まりはクレタからなんだよ」
「どうして?」
「クレタの葡萄種でしばしばみられる香味ランシオRancioが継承されているからだ」
「ランシオ?」
「ん。ラテン語のrancidusな。ウィスキーの世界ではソトロンsotolonと言われるな。古びた熟成から出る香りだ。・・ちょっと面倒な話になるが、葡萄汁はワインに換るとき、酵母によって12以上の亀の子状に炭素が繋がる脂肪酸が産み出される。これがワインの味覚になる」
目の前にあったナフキンにボールペンで亀の子の形が繋がった分子記号を書いた。
「高級脂肪酸と言われるけどな。これが様々な原因で酸化されると、ランシオという香りを発する。メチルケトンだよ。これがクレタワインの突出した特徴だ。実は同じものがギリシャ沿岸部にある葡萄からできるワインにはあるんだよ。際立ったランシオ香は、アッシリアを通してアナトリアへ入った北ルート伝搬ワインにはない特徴だ。
マケドニアや黒海側のワインには無い特徴だ。
エーゲ海沿岸部の葡萄畑で使用される品種の多くは、ギリシャ人がクレタから運んできた葡萄の裔だろうと僕は見ている。もう少し内陸部だと違う」
「つまりギリシャでは二つの系統のワインが作られていた・・ということ?」
「ん。クレタではロザキRozakiという品種が有名なんだ。このRozakiがある時期からギリシャ人によって沿岸部に次々と移された・・と僕は見ている」
「ランシオ香ねぇ」
「クレタでは・・赤だったら、カニアChaniaのロメイコRomeikoやイラクリオンIraklionのコツファリイKotsifali。ラシチLasithiのリアティコLiatilcoあたりがそうだ。白だとヴィラナVilana/アチリ(Athiri/ラディキノLadikinoだな。
いずれも若い時期にはフルーティな軽やかさがあるが熟成すると一変してランシオRancio香が強調されて独特の雰囲気を持つ」
「あぁ、私の嫌いそうなワインね。シャンパンの古酒と同じね」
「クレタからアテネ周辺へ持ち込まれた葡萄で作られるカンツアKantzaワインは、まさにRozaki直系の裔だな。レチーナはこれで作られる」
「臭いうえに、もっと臭くして飲むの?」
「そのとおり」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました