見出し画像

葛西城東まぼろし散歩#35/葛西葛飾なつ時雨#05

「葛飾も葛西も、江戸時代は今の何十倍も大きかったのね。」
「ん。明治政府が自分たちの行政区分を断行するまではな。明治政府は財政はカスカスだったからな。どう臣民からお金を税として取り立てるかに特化したんだよ」
「そんなに貧乏だったの?」
「ん。もし大きな反乱が幕府体制の中から発生したら、ひとたまりもなかった。有名なのは上野の山の彰義隊でね。アレを討伐するお金がなかった。仕方なく勝海舟が軍艦を製造しようとして確保したお金を回したほどだ」
「もし徳川御三家が反乱したら・・明治政府は斃れていたかもしれないのね」
「ん。そうだ。だから田舎に帰らずに東京へ巣込んだ薩長革命軍は、資金繰りに腐心した。そのために行政も区分も、税の取り立ての方法も二転三転したんだ。まあ、いってみれば地方から突然やってきた田舎のオニーさんたちが、長い歴史を持った地区を弄りまわしたわけだからな。悲喜劇が無数に生まれた。葛飾も葛西という名前も括りも、その中で等閑にされて雲散したんだよ」
「なるほどねぇ、でも地名は残ったわけ‥でしょ?」
「そう・・地名は残った。」
「葛飾を区名にしたのは名前が現地に残っていたから・・なの?}
「ん。そうだ。東京を15区から35区に替えた時、新しい区の名前は原則、官庁を置く地区の名前にしたんだ。"葛飾区"は、最初本田町の小学校を官庁として使用したんで"本田区"という案も出た。でも一帯にあの辺りを"葛飾"と呼んでいたんで"葛飾区"が採用されたんだ。他にも"中川区"という案もあった」
「葛西は?」
「実は"葛西"という町名は存在しない。東西線に"葛西駅"はあるけどね、"葛西町/葛西市"はない。」
「え~それ、びっくり」
「東葛西/西葛西/南葛西/北葛西/中葛西はあるけどな。葛西はない。"葛西駅"は東京都江戸川区中葛西五丁目にある」
「ふしぎね」
「ん。土地に詳しい方に聞いてみたいな」
「西葛西って、たしかあなたの好きなエルトリートが有ったわよね」
「おお、懐かしい名前だ。パン学会で働いていた頃はよく行ってたな。まだあるのかな?行ってみたいな」
さっそく嫁さんがnetで調べた。
「あるわよ。」
「おお。近いうちにいこう」
「・・でも」
「?」
「西葛西は今リトルインディアなんでしょ?どちらかというと、葛西まで行って食べるならインド料理じゃない?」
「ん。それもいいな」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました