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書けん日記:2 ダマして悪いが仕事なんでな

今日――
T氏「日記。始めたそばから三日坊主じゃねえか」
不肖「いえ、コレには事情というやつが。不可抗力が」
T氏「書けない理由だけは泉のようにわいてくるなあ。テキストは出てこないのに」
不肖「言われてみればそうである。 先日から、事情というか別件の用事がありまして……信じてください何でもしますから」
T氏「いま」

私は、元は三河の百姓。どこに出しても恥ずかしいくらいの農家の生まれ。
家の農業は弟が立派に継いで、父の代より大規模化。手広く、稲作や小麦、大豆などの作物を作っている大百姓、昔であれば庄屋さんレベルの大手……そんな弟から、ある夜。電話が。

 とうおるるるるるるる
不肖「ハイッ ああ。弟くん」
弟君「兄ちゃん、悪いけど明日からちょーっと手伝ってほしいんだけど。軽く」
不肖「百姓の手が足らんの? ん、まあええよ。なにをするん?」
弟君「……。んー。まあ、現場で、手の足らん作業に入ってもらえれれば」
不肖「ええよ。じゃあ、明日の朝9時に。現場どこ? ああ、あすこのね。うん、よろしく」

……安請け合い、というのはたいてい、あとで気づくもの。請け合った現場で気づくもの。
明日は季節的に稲刈りの手伝いだろうな、と。
昔は重労働だった稲刈りも。機械化が進んだ今は、巨大なハーベスターコンバイン、エアコン付き操縦席があるその巨大マシンで拘束稲刈り、同時に脱穀。もう田んぼで稲から籾を収穫、それを専用のトラックにコンベアで積み込む。これが現代の稲刈りだ。
てっきり、そのトラックの運転や細かな圃場の整理だろうな……と思い、現場に向かった私が見たものは…………。

だ、だまされた…………。はい。本日の作業はサツマイモの収穫でした。なるほど。昨日、弟が口を濁して何の作業か言わなかったわけだ。

――サツマイモ収穫。
9月の、まだ残暑厳しい晴天下に行われるその農作業は、きつい農作業は数あれど。私が、最も過酷だと思う農作業の五本の指に入り、そしてその筆頭。三河弁で言う「えれえきつい百姓」である。
どれくらい厳しいかというと……。
アルバイトをその現場に投入すると、午前中だけで半数がいなくなる。軍隊でいったら壊滅。翌日だとさらに数が減る。軍隊だと玉砕。
まず暑い。その中での重い芋を運ぶ重労働。立ったりしゃがんだりの多い、足腰への負担。機械化されてはいても、結局は人力でやらねばならぬ作業のオンパレード。
どれくらい、きついか。たいへんか。――この言葉で、皆様に伝わるかな、って。

 そりゃ、サツマイモ 買うと高いわけだ。

一般的に、サツマイモ畑=芋掘り 小さなお子さんでも楽しめる、秋の風物詩。
なイメージがあるが……実際には、乾ききった灼熱の荒野。この荒野で生き抜き根塊を作る屈強な植物、サツマイモ。
物書き生活で脆弱、軟弱、虚弱になった私は、この荒野に。農奴として放り込まれたのだ。

サツマイモを収穫するには、まず――茂っている地上部分、ツルを切除しなければならない。
これは機械でやる、やれるはずなのだが……農業において、機械の万能説は地球空洞説と同じくらい、夢はあるけど うん…… なシロモノ。けっきょく、物を言うのは人力。
このツルがしっかり切れて、サツマイモが植えられているうね から取り除かれていないと、このあとの掘り返し、収穫の際、コンベア式のハーベスターにツルが絡んで動かなくなる。

はい……。
書けん物書き、バチが当たって。手作業で、刈り取りばさみでしゃがみながらツル切って、レーキで切ったツルをかき集めます……。気温は35度。日差しを遮るものなど何もない、芋畑という名の荒野。
そのあと。
畝に、トラクターで牽引するコンベア式の収穫機が入る、が……。芋を掘り出す鋤、くそでかい金属製の刃、プラウが深すぎると抵抗でコンベアが動けず、浅いとせっかくの芋が切れてしまい商品価値がなくなる。そしてこのコンベアに……ツルが、残っていた雑草が絡みまくる。
そして。くるべきものが、来る。

弟君「兄ちゃん。俺がトラクターやるから。プラウのとこ見といて」
荒野の畝を掘り起こし、砂塵、土けむりを巻き上げながら進むトラクター。それが牽引し、大地を切り裂き土塊を蹴立ててゆく、プラウ。コンベア。
そのコンベアは、トラクター後部のPパワーTテイクOオフからシャフトで回転し、掘り出されたサツマイモと土塊をその轍の間へと落とし、積み上げてゆく。うっかり、農夫が。ヒトがそのプラウの前に落ちようものなら……惨劇。
エデンの園を追放されたアダムとエヴァに与えられた呪い。アダムは、大地を鋤で傷つけ、草木を鎌で切り裂かねば食物が得られなくなった……という、アレ。その呪いは、いともたやすくヒトの身に返ってくる。 労災をなくそう。
……などと。その神罰代行機械トラクターにくっついて、絡むツルを手でむしり、コンベアに芋が引っかかっていたら手で回収。草がプラウに引っかかったら、これも手で取る。
その全てが灼熱の中の重労働。そしてそれらは……回転する30馬力のPTOシャフトとコンベアの間近で行われる。 労災をなくそう。
そんな作業をしていると、熱中症寸前の物書きの脳に去来するのは……あの作品。

『西部戦線異状なし』 著 レマルク 翻訳 秦豊吉

そしてこの名作は、2022年にNetflixで映像化されていまして。
このNetflix版の映像にですね、息詰まるほどに陰惨かつ緊張の塹壕戦シーンがいくつもあるのですが。その一つに、主人公のドイツ兵たちが多大な犠牲を払って奪取したフランス軍塹壕にですね、なんと戦車が――敵の、フランス軍戦車。当時、戦場に始めて送り込まれたサン・シャモンが押し寄せてくるシーンがありましてね。
まさか、サン・シャモン戦車が映像化されるなんて。とびっくり。
このシーンは原作にはないから、オリジナルだあ。とまたびっくり。 ……しているとですね。
まあその。戦車に蹂躙されるドイツ兵たちがですね、戦車の無限軌道に…… ヒッ と声が漏れるようなシーンがですね。
はい……。

トラクターとコンベアが大地を蹂躙する、その横っちょで危なっかしく働く私は。そんなことばっかり思い出しながら(現実逃避とも言う)、サツマイモを収穫。農作業を続ける。

畝から掘り出され、灼熱の日差しの下で赤ピンクに映える、サツマイモの束。
だが。苦役はまだ終わらない。

このあと、掘り出されたサツマイモ――地中で、根っこでつながっているそれを、人力で。ハサミで、ひとつずつ切り離さなければならない。このとき、ハサミや手で、サツマイモの赤い表面に傷をつけてしまうと、それだけで等級が下がる。新鮮な果物を取り扱うような、慎重な作業が要求される。
そして。
茎から切り離し、サイズごとに並べたサツマイモを……今度はコンテナに詰め込み、担いで運搬車に積み込み……積み込み。積み込んで。そして。運搬車がいっぱいになったら、今度は運搬車からトラックにコンテナを移し替える。灼熱の中、担いで。積み込み、積み込み。積み……。

 そりゃ、サツマイモとか高いわけだ。ジャガイモも。

こうして収穫されたサツマイモは、専用の作業場で選別、洗浄されたのち。熟成を経て、出荷され市場に出回る。皆様のお手元に、スーパーマーケットなどに届けられる。
……すみません。少々お高いのには理由がありました……。

そして――
夕刻、作業が終わり、最後のコンテナトラックが走り出して……苦役は終わる。
ドロドロ、カラカラ、くたくたになった書けん物書きは。安請け合いを全身の疲労と痛みで後悔しながら、自分の車へと這いずってゆく。
そこに、
弟君「兄ちゃん。今日はお疲れ。ありがとうね。明日も、朝9時から。今度は、あっちの畑で」
不肖「ああああああああ(逃れられぬカルマ) うn」
弟君「あとこれ。出荷できないやつ。持っていってよ。金時芋だから熟成前でも美味しいよ」

本日の報酬。昼休憩を挟んで、8時間ほどの苦役、西部戦線異状なしごっこ。アルバイトを使うと逃げられるので、騙してでも身内を使うクレバーかつクールな采配、その結果の労役。
その報酬が、こちらの。出荷できない、プラウが切っちゃった芋。へマこいた私が、コンベアの前につまづいて巻き込まれてプラウで両断されちゃった労災事故があった世界線の私のかわりに、切られた芋。切れていても、ちゃんと洗ってから蒸せばおいしいよ。芋。

ACだったら大損。マイナス査定で強化人間になれるよ。やったね。
――かくして。
近くに住む弟の要望で野良仕事を、百姓ワークをしていた私は。
熱中症になりかけの体に筋肉痛をかかえ、椅子から立ち上がるときにすら「うぁああああ」と、昔のAAみたいな顔で声が出てしまう有り様で、パソコンに向かって……これを。
これくらいの苦行で駆り出されていたのなら、あのT氏も日記三日坊主の理由としてうなずいてくれるだろう。そう思えば、無為な一日ではなかった。……こんな調子で二日農奴。明日もあるけど。

…………。んっ? まだ前回から三日たってねえ!?


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