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書けん日記:38 晴耕雨書2

永遠に続くかと思われたジャガイモ掘りは終焉を迎え、鎌と鍬、コンテナ箱は、不肖の手を離れる。
しかし休息はなく、次にその手が掴んだものは、おちんぎんではなかった。
草刈り機、ガソリン缶、そこに添えられた1枚の地図――不肖の地獄は終わらない。

山の田んぼにて 

弟者「兄ちゃん。今日はちぃーっと、いつもと別の遠いところの草、刈ってちょーや。これ地図ね、今日はここ終わったら上がりでええから」
不肖「……わし、午前中まで芋掘ってたんやが――うん。草刈りね、って。これ現場どこさ、もう瀬戸のほうの山やん? こんならんごくいとこに田んぼが? 地図のこれ、溜め池だら」
弟者「そこ、委託されてん。……本来なら2人とかで行かせるんやが、いま人手足らなくって、わやや。兄ちゃんなら自前の車で行けるやし、1人でも出来るだら」
不肖「この距離ならあとでガソリン代、ちょーや。よっしゃ、やってくる」
弟者「その現場危ないで、気ぃ付けてや。あと、今日は直帰でええけど――終わったら、帰る前に必ず、俺に電話報告ちょうよ」
不肖「クマかおばけでも出るんかや、その田んぼ。往生こくわ」

おそらく世界で唯一? 農作業用のFIATアバルト そして草刈り機

多少の嫌な予感もしつつ。頼られたのならやらねばならない。
不肖は、自分の車に草刈機を、万が一、水田にゴミが多かった場合はそれを取るための網も積み込んで、いざ。初めて向かう、山の中の水田に。
前日の雨がまだ乾いていない、山の道路、暑さと湿気で息が詰まりそうな山の中へと。

にわかにかき曇る空 雰囲気出てまいりました

そこは、谷川の合間にあるなだらかな斜面を切り開いた水田だった。
「……これ、隠し田だったんじゃねえかなあ」
などと独り言をこぼし、作業に取り掛かる。ジャングルのように草が生い茂っているのを覚悟していたが……どうやら、ひと月ほど前に別の草刈り作業が入った気配もあり。
これなら夕方までには余裕で終わるな、と。淀んだ熱気と草刈り機の咆哮をまとい、畔、のり面の草を刈ってゆく。
山間のせいで風があまり吹かない。水田のすぐ横、畔の上まで山の木々が迫る圃場。刈り草は笹や葦が多く、刈払いに時間と体力が必要となる。
それでも、数枚の水田の刈払を終え、あと1枚。溜め池の土手、木々が茂ったその裾で、急に蔓延りだした葦を刈るうちに……。

ん? んっ? んんっ? どこかから、水の音が。水路がどこかにある?
不肖は、生い茂った草むらの何処かから聞こえる、けっこうな水量が流れ落ちる水音に首を傾げつつ草刈りを。あと少しで、葦を刈り終えて、あとは斜面の草を……と思った、そこに。

キュー

うっわ!? と、思わず声が。
水音は、ここからだった。
刈り払われた草の合間から開けた視界のそこに……覆い茂った草が、ドーム状になって隠していた水路と集水枡(?)が、姿を現した。

……深い。
水面まで2mほどだろうか、土手からだと3mほどの落差。水深は、不明。沈んでいる朽木が途中で見えなくなる……。
前日の雨で濡れ、倒れた草がその枡の方へと蟻地獄のようになっている。うっかり、気付かずこの草の上に踏み込んだら、そのまま滑り落ちるところだ。
一人では脱出不可能な高さと水深、スマフォも水没して使用不能。それ以前に、草刈り機を回したまま落下中に自身を切りつけでもしたら……。

こりゃ危い。
「よい子はここで遊ばない」は、まさにこれ。間違っても子供が遊びに来ない場所でよかった。てか、危なすぎる。
以後、注意深くその周囲の草を……この致死的トラップが、周囲からよく見えるように背の高い草を刈り払って……作業終了。言われていたとおり、弟に電話報告。

不肖「終わったで。てか、あの田んぼ、でらい危ねいじゃん。あすこの集水桝、格子の蓋があーへんが」
弟者「おつかれ。あー、蓋のーなっとったか。蓋、前はあったがや。管理組合が設置したの」
不肖「前は……? あっ(察し)」
弟者「最近はなー、かねめ金属のもんは何でも盗られてだちかんわ。とくに、あんなひと気のない山の中だとわやだで。組合が何度も蓋、設置したがなー、そのたびにやられちゃってしょんない。ほいだでまた組合に連絡はしとくわ」

……労災ならぬ、人災で危ない現場からは以上です――


再会

梅雨の前に、水田の畦草はある程度、刈ってしまわないといけない。
梅雨の長雨で濡れた畦草、雑草は、稲の病害虫、いもち病やウンカ、とくにカメムシの温床となってしまう。晴れ間の灼熱、雨の合間の湿気をぬって、草刈り機は吼える――

そんなある日。
水田が並ぶ圃場、その土手は、市の管理下となっており草刈りも委託された業者が行う。その日は、業者の人たちが、農奴より先に現場に入って土手の草を刈っており……。
不肖は「さすがプロだ、違うなあ」と。
委託業者、プロの草刈りの手際、その仕事の速さと仕上がりの美しさに舌を巻きつつ、畔草刈り開始。しばらく作業を続けた不肖は、ふと――前方の草むらに違和感。そして……既視感。

ん? んっ?
……この、人為的ではないが、何者かの作為で固まった、枯れ草。青々とした畔草の合間に、そこだけ枯れ草がこんもりした、この感覚は――

以前の、キジのお母さんを驚かせてしまったときと、同じ。
不肖は、草刈り機を止め、慎重に、そーっと、その草むらのほうへ……歩と、目を。

キジにしては大きめの卵

やっぱり。ありました。鳥の巣と卵。
今回は、巣を守っていたお母さん鳥の姿はない。おそらく、先に作業していた業者の人達に驚いて飛び去っている――不肖は、その巣を壊さないよう、その場所を避けて草を残して……作業開始。
……これがキジなら。
もっとギリギリまで、お母さんキジは耐えて巣を守っていたはずだ。
……それに。なんか、キジにしては卵がでかい? 鶏卵くらいある。
もしかしたら――

この日は、ここの草刈りを終えて。そして別の現場に向かい――作業終了。
そして、翌日。
不肖は双眼鏡を手に、またあの圃場へ。昨日の、残されていた巣と卵が、どうしても気になって……早起きして、作業の前にあの畔に――遠くから、土手の上から。双眼鏡を覗きながら……接近。

母鳥が怯えて逃げ出さない遠距離から撮影

いました。お母さん鳥。巣に戻って、我が子を守っている。
今回は、カルガモのお母さんでした。
毎回、鳥の母親たちの勇気と慈愛には頭が下がる。
もしかしたら……梅雨明けくらいには、この圃場でカルガモのひよこたちの行列が見られるかもしれない。たのしみです。

そして別の日。やっぱり草刈りの日。
そろそろ夕刻、今日の作業はここの畔と土手刈って終わりかな……という頃合いに。
草を刈っていると、よくムクドリたちが来て刈草の間から虫たちを食べ放題しているのを見かけるが――ふつう、ムクドリたちはこちらの視界に入らないよう、草刈りする不肖の背後、だいぶ離れた場所で餌を探す。しかし……この日は。そして、この日も。

以前の日記で取り上げた、知恵と勇気を併せ持つムクドリ。
ふつうならペアで子育てをするのが、なぜか、一羽だけでやってきて――私の眼の前で、チップソーが薙ぎ払った端から、隠れ家を失って逃げ惑う虫たちをクチバシいっぱいに咥えて巣に戻っていたムクドリ、おそらくお母さん。

「またおまえかー。……おや」
あの勇気のあるムクドリは、この日も。不肖のすぐ近くで、草刈り機の攻撃範囲を熟知しているようなステップで、虫をとって――
そしてこの日は、もう一羽。そちらはおっかなびっくり、私が見ただけでおどおどしている、まだ若い個体もいて。


手前がお母さんムクドリ

連れ立つ二羽のムクドリは。片方が虫を取って、おっかなびっくりの若いムクドリに食べさせていて――
「ああ。よかった。子育ておわったんだな。いや、まだ終わってないか~」
ムクドリ、ヒヨドリやカラス、そしてスズメも……巣で抱卵し、ヒナを育てて巣立たせるが。ヒナがまだ幼いうちは、親が連れ回して餌を与え、餌場や、危険な存在を教えているのだろうか。そんな景色をよく見かける。
そして、ヒナたちのうち一番末っ子、成長の遅い子をいつまでもつれて面倒を見ているのもよく見かける。
このムクドリ親子も、そうなのだろうか。
勇気と知恵のあるシングルマザーのムクドリ、それに面倒を見てもらっているこの子ムクドリは……成長こそ遅いが、お母さんから――草刈りのおっさんを恐れず、一足先に虫を食べ放題するための――知恵と勇気という武器、財産をゆずり受けているのかもしれない。

人間も、鳥も。獣も魚も、虫も。他の生き物も、みんな変わらない、同じだ。
勇気ある素敵なお母さんたち、また来年の草刈りの頃に会いましょう。


T氏「農業、ちゃんとやっとるようだの」
不肖「ええ、作家脱出は順調に……って、アレ???」
T氏「AIといえば、こないだこんなの見かけてな」

不肖「ははぁ、こりゃすごい。雑草をAIで判定してレーザーで焼く。SFココロが刺激されますねぇ」
T氏「……こういうのが普及したら、書けん物書きが農奴で日銭稼ぎ、できなくなるんでは?」
不肖「アッ……ちくしょうAI!ちくしょう!」


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