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書けん日記:4 酒と男と男と槍

書けぬ。
今日も書けなかった。机に、パソコンの前に座って悶々としていただけで、一行も書けなかった。書いてはいても、その短文が気に入らず、そのあとの展開が続かず、消して白紙に戻ってしまう。
書けぬ。

――かの小池一夫先生が、往年ツイッターで語っておられた中に、とある作家さんの話があり。その作家さんは、才覚はあるのに集中力にかけているせいで、書き続けられず、すぐに席を離れて出てしまう。タバコを買いに出て、競馬に行って。飲み屋で友人と語り。その間も「書かねば」と思っていても、結局、手持ちの金が尽きるまで外で遊んでしまう。
これを、先生は『集中力に欠ける表現者の地獄』と評しておられた。
そして、集中力をつけるには。まず机に向かい、1時間。身じろぎもせずに原稿用紙と向かい合うのだ、と。

私は、先生に語られるほどのタマではないが――なるほど、と。
私が席に、パソコンに向かって何時間、うんうん苦悩していようが……それは集中とは違う。私の場合、集中ができずに、ただ、散漫な思考を拡散させているだけなのだ、と自分でも気づいている。
だが。ままならない。
集中しようとしても、書けない自分に嫌気が差して。希死念慮にもなれない自己嫌悪の中で鬱々として、時間だけが無為に過ぎてゆく。仕方なく、資料の本に手が伸び、そしてまた本を閉じ……パソコンに向かう。
書けぬ

そして――夜。
仕事が詰まっていない限り、夜は極力、眠るようにしている。
夜更かししたり、徹夜などしようものなら……翌日がぼろぼろになると。この歳になって、私は痛いほどわからされてしまっていた。
若い頃は、徹夜をすると意識と脳にスイッチが入って、テンション上がって書きまくって。そのあと、ぶっ倒れる、などという芸当も出来たが。今の年の私がそれをやると、無為にぶっ倒れて数日が完全に無駄になる、時間をドブに捨てるとは、まさにこれ。
仕事でもない限りは、夜は、寝なくてはならない。

夜、床に入って。
ここで、スマホとか見たりすると。ブルーライトやら情報の奔流やらが、眠ろうとしている目と脳を痛めつけて寝られなくなる、というのはT氏から念押しされたり、身を持って知ったりでわからせされている私は――
ここでも、本に手を伸ばす。
夜、寝るための本。前回取り上げた『マルコ・ポーロの見えない都市』は、かなり優秀な睡眠導入本で、ほかにも気分によって、その夜、床で眠くなるまで眺める一冊を積みあがった本の山から……選ぶ。
その中の一冊。これもお気に入りの本が……。

岩波書店『ギリシア奇談集』(著:アイリアノス,訳:松平千秋,中務 哲郎)

古代ローマの著述家アイリアノスが、古代ギリシャやエジプト、ペルシャなど。古今東西さまざまの逸話を先行群書から集め、編纂した一冊。古今の政治家、軍人、英雄。名士、僭主や悪党、大食らいに大酒飲み(これらの属性はたまによく重複する)。珍事、奇談を集めに集めて460余話。
それがこの『ギリシア奇談集』。これがまた、夜の眠りにスーッと効いて……。
一話ずつは、とてもコンパクトにまとめられたお話になっていて、短いものだと数行、長くても1ページ程度の奇談集。
夜の床で、何気なく手にとって。とくに狙いもせずにパラパラとページをめくって、目についた奇談を見、次を見て。またパラパラと。もう何度、読んだかしれないその奇談を見、まためくって……とやっているうちに、気づけば本を降ろして。床の中で意識が消えているというのが、理想的な一夜の終わり方。

それらの奇談は、例えば――

第10巻/三 若干の動物の特性について
山鶉の雛は、卵の殻から足を出すや否や、実に達者に走り出す。家鴨の雛は生まれて日の目を見ると、直ぐに泳ぐ。また、ライオンの仔は、早く日の目が見たいと、母ライオンの子宮を爪で引っ掻く。
『ギリシア奇談集』よりhttps://www.iwanami.co.jp/book/b247129.html

例えば――

第12巻/七 アレクサンドロスとヘパイスティオン
アレクサンドロスがアキレウスの墓を花輪で飾ると、ヘパイスティオンはパトロクロスの墓に花輪を捧げた。これはパトロクロスがアキレウスの愛人であったように、自分がアレクサンドロスの愛人であることを暗に示そうとしたものである。
『ギリシア奇談集』よりhttps://www.iwanami.co.jp/book/b247129.html

こんな物語が、まるっと一冊。460超。つまらないわけがない。楽しいお話の連続だけど、睡眠ちから はとても高い。
これを読んでいると……。
アテナイはね、うん。もうちょっと、他の街、他の国家のことをね。うん。 あっ滅びた。
スパルタはね、うん。 そのままの君でいて。 出来たら隣の国はちょっと嫌かな
アレクサンドロス大王 ものすごい偉人なんですが。その……お酒がちょっと。あとパパと部下……あっ(察し)
などと、はるか昔、地球の裏側。二千年以上昔の人々の生きざま、死にざまが。短く語られる奇談の中で、墓から死者が蘇るとか、そんなもんじゃないレベルで生き生きと、まぶたの裏に浮かび上がる。

そして、また夜。
さて。今夜伸ばした私の手は、どの本をしとねに横たえるのやら。


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