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書けん日記:33 ダマして悪いが、再び

四月も後半。
汗ばむような陽気が続くと思えば、春に3日の晴れ間なしのごとく、雨降りに。そんな日々、庭の花も遊びに来る鳥たちも、冬や初春とはだいぶ様変わりをして――

今年もレモンの木にかわいいつぼみがたくさん
ソロキジバトの雨宮くん。ぶどう色の羽が美しい野鳥です
スズメとともにトウモロコシのひき割りをついばむ雨宮くん。たまに目が怖い

そしてこの季節。目を背けていてもやってくる、運命の呼び声がこの不肖を……

とうおるるるるるるスマフォの呼び出し
不肖「ハイッ ああ、弟くん」(この時点オーメンで戦慄する不肖)
弟氏「ああ兄ちゃん。明日から時間ある? ちょーっと、手伝ってほしいんだけど」

……きたこれ。実家の農業をついで、手広くやっている兄弟でもイチのやり手の、不肖の弟からの電話。この呼び出しが意味するものとは――

間違いなく、農作業。野良仕事。
そしてそれは、牧歌的な田舎の土いじりのそれではなく……アルバイトを投入すると即逃げる、社員を投入すると過度の疲労や労災寸前業務で、他の仕事に支障が出るような、過酷な農作業――重機を使わないという意味での『軽作業』奴隷労働――荒れ地からの呼び声。
ゆえに、身内を使う弟のクレバーさ。
……本来なら「ああ、うん、ちょっと。パス」したいのだが――

この不肖の主食。麦めし。それのお米は、弟から格安で譲ってもらえる備蓄米古古米であり……ゆえに、男にとっては「きんのたま」(ポケモン風味)を掴まれるよりきつい――胃袋をがっしり握られているゆえに、抵抗することなど不可能な状況で……この電話はかかってくる。

不肖「うん、いいよ。作業はなに? この季節だから田植えのしろかき? 草刈り?」
弟 「……。んー。そっちは手が足りてるんだ。まあ、明日。現場で」

……ほいきた。手が足りているはずなのに呼び出される。そして、作業内容の明言を避ける。つまりこれは、話したら適当な理由をつけて逃げられる過酷労働、アルバイトが逃げるやつ確定。
ああああああ(逃れられぬカルマ)
とは、いいつつ――
三河の百姓であるこの不肖、その血に流れる農作業への適性や嗜好は、未だに消えず……。過酷な労働が待っているとわかっても、あの灼熱の荒れ地に、照りつける日差しの下に出てみたくなってしまう。
そして――翌日。

セグロセキレイの夫婦が縄張りにしている水田

皆様は……これが、何に見えるだろうか?
春の田んぼ、水が入れられ、代かきで耕された水田 Yes
あとは、田植えを待つばかりの水田 初夏の風物詩 Yes Yes
のどかな日本の原風景 平和の象徴 穏やかなる豊穣の大地 ノンノン ノーンノーン

ウルトラQのOPを思い出す私は 初老

――こちら
この水田、しろかきされた、その水面に浮かぶヘドロのようなものが、おわかりになるだろうか?
これは、いわゆるあくた
木のくずや草の切れ端などが朽ちて、水面に浮いたもの。これが溜まって流れるのが芥川。
この、田んぼに。しろかきされた水田に浮かぶこの「ごみ」は……。
前年の稲の切れ端だったり、雑草の種だったり。

そして最近、二毛作や輪作を水田でやるようになり、圃場に残った小麦のワラ、大豆の茎などが残ったものが……このあくたとなって、大量に水面に浮かび、溜まる。
昔の田んぼ、機械化される前の、白土三平先生な農村の田んぼならば、このごみはほぼ無視していい、それどころか貴重な有機物、肥料であったが――昔は、稲わらの一本も貴重な資源で、牛の餌、各種素材として全て回収されていた時代ならば、そもそもこんなゴミは出なかった。

現代の田んぼでは――
稲刈り、麦刈り、大豆収穫のときに使う大型のハーベスターが破壊の戦車ジャガノートとなって収穫を行う今では、ワラや豆の茎は、収穫と同時に裁断されて圃場に撒き散らされる。
稲わらを乾燥させ、回収、保管するコストを掛ける農家はもう、ほぼ無い。ゆえに稲わらも今では高価なものになってしまっている。
……その、裁断されて放置されたわらや茎が、冬に田起こしされて地中に埋まり……そして春。田に水がはられ、しろかきをされたときに……それらのわらが、朽ちなかった有機物が……雑草の種とともに水面に浮かび上がり、堆積する。
それが。このあくた。現代では、水田に有害なごみである。

このごみを放置すると、どうなるか?
放置された有機物のごみは、田植えされたあとの水田に浮かんでとどまり……春、初夏の気温で腐敗する。その腐敗熱と雑菌は、たやすく周囲の幼い稲の苗を巻き込んで腐敗させてしまい……水田に、ぽっかりと空隙があいてしまう。ごみの浮かんでいた面積がまるまる、ただの泥となる。
その前に――田植えの前に、このごみを撤去せねばならない。
ここで……我々。この不肖。
「ごみすくい部隊ボトムズの登場となる――

ごみすくい自体の、やり方は簡単。原始的な熊手とたも網でもって。田植え前の水田に入り、泥の海の中でえっちらおっちら、ごみをすくう。
これだけ。
……だけ、なのだが――
これがもう。
不肖が駆り出される農作業の中でも、上位三つに入る過酷な作業なのだ。
なお、他の二つは……。
田植え用の苗を育てるビニールハウスでの、育苗箱の設置作業。(これはいずれ、また話題にさせて頂きます)
以前にネタにさせて頂いた、さつまいもの収穫作業。
これらと比べれば――秋の稲刈りなど、機械化された収穫作業はまだぬるいやつ。

それくらい、このごみすくい作業は過酷だ。
どれくらい過酷かというと……バイトを投入すると、逃げる。来なくなる。ダマして悪いが……と弟が私を現場に投入するくらいに。
まず、過酷なのが……4月とはいえ、昨今、圃場の外気温は30度近くになる。しかも水がはられた水田、湿度も高く、少し動いただけ汗まみれになる。
その酷暑の中で……田植え前の、しろかきされた水田の、泥の中。
泥は、場所によってはひざに達するほどの深さがある。その中を、長靴履いてえっちらおっちら移動せねばならない。慣れてない人間では、足を動かすだけでも難しい。泥の中に長靴が残ってしまい、転倒する。数十歩で、息が上がって田んぼの畔でへたり込む。

ごみすくい部隊(私一人)の相棒たち
命綱 水分補給のボトルもすぐ泥まみれになる が、飲まないと即熱中症

その泥の中で……泥水に浮かんだごみを、熊手ですくって畔に投げる。畔が遠い場合は、バケツや唐箕とうみにゴミを入れて溜め、溜まったそれを畔に捨てる。
このとき、投げたごみが隣の田んぼに入っては元も子もない。投げ捨てるタイミング、コントロールが重要。
しかも……浮かぶごみは、熊手をさされたテンションで泥水の上を浮いて、逃げる。これを追っていると、足を動かした水流でまた逃げる。これを防ぐためには、吹く風、そして僅かな水流を味方に――浮かんだごみが、対流でまた戻り、溜まる場所を察知し、そこで陣取って作業せねばならない。
それだけ苦労して、熊手ですくったごみは……泥水を吸って重い有機物は、一度で1kgもとれない。ゆえに……えんえんと、泥水から熊手でごみをすくい、畔に投げる……。この単純作業を、100回、1000回とくりかえす。すぐに腰、ひざ、肘と手首に来る。

小一時間ですくったごみ これは回収されて肥料になる

……ばかみたいな単純作業だが、難易度は高く、意外と考えることは多い。しかも、体中の水分が汗となって絞られ、体力が泥に吸われてゆく重労働だ。
そりゃ、バイトが逃げる。以前、弟のところではない別の現場でこの作業を日雇いでしたときは。私より年上の、背広を着ていたら小学校の教頭先生、といった雰囲気のシルバー作業のご老人が、
「こんなの、時給1000円でやることじゃないだろ!」
とブチギレて、午前中どころか朝10時に帰ったのを見たことがある。そんな労働。

それを……この不肖。もちろん逃げずに。それどころか。
この季節のこの作業は、もう何年目か――熟練ベテランとして、他の3名プラス監督で入る圃場に、単独で入って作業をこなす。……いやなベテランもあったもんです……。
そんな私の、強い味方が――
上にあります、網を張った熊手と、たも網。あの熊手も、園芸用の丈夫なものに金網を張った自作。熊手は重いと疲れるし、軽すぎるとごみの重量に負けてキャスティングが狂う。この金網の目の大きさも、細かすぎると水圧が負荷となって疲労する上、ごみが逃げる。荒すぎると、網の目からゴミが落ちる。
……この熊手がベストになるまで、3年かかりました。
そして、もう一つの強い味方。

田植え長靴。通常の長靴と違い、薄くてフィットする胴部分がふくらはぎから膝までフィット、泥の中でも脱げること無く、素足のような機動力で移動することが可能となる。
モンスターハンターワールド:アイスボーンのスキルが発動するレベル。

CAPCOM「モンスターハンターワールド:アイスボーン」より

……昔は、白土三平先生の()ころは、百姓は素足だったのですが――
いまの、道路からごみが投げ捨てられる昨今、素足で水田に入るのはデスオアダイ死を意味する。ガラスや金属片で足を切ったら、そこに容赦なく泥の中のヤバい嫌気性細菌が入り込む。
……傷口が可能する、うみという漢字がですね……よく見ると、はい。

これらの、頼もしいアイテムたちとともに。この不肖、今日も元気に圃場で日雇い労働します……。
さつまいも掘りが「西部戦線異状なし」ごっこなら、こちらは「ランボー2」ごっこ。ひたすら泥、泥、ドロ……。
……されど。
この、過酷なごみすくい作業も。田植えの前の、一時期のみ。田植え前に急がされるとはいえ、2週間ほどの、まあ晩春、初夏の風物詩ともいえなくない作業。
この、ごみすくいが終わると――

弟氏「兄ちゃん。5月の予定あいてる? あいてるよね」
不肖「肉親の、なにげないスケジュール確認が書けん作家を傷つけた―― ん、5月。なんだっけ」
弟氏「今年は麦の調子が良くてさ。小麦の収穫、草刈り。またお願いしたいんだわ」
不肖「ああああああ(逃れられるカルマ) うん」

豊穣なる小麦畑 あと2週間ほどで過酷なる金色の野となる

過酷な農作業、3つどころかもうひとつありました。
この……初夏に、黄金色になった小麦畑での収穫作業と、圃場の草刈り――

らん らんらららんらんらん


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菅沼恭司
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