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書けん日記:16 貝のフライ

「そろそろクラムのフライが出回るころだ。……ああ、揚げたてのバチバチいってるフライにホットなチリ! バケツ一杯食いてえなあ!」

赤ら顔のオヤジは何度も何度もお辞儀しながら、揚げたての何かのフライを網ですくい、そいつを輪切りのパンに挟む。そこにサラダをつっこみ……(中略)……ホテルのそれとはべつもんの、ぱさついたパン。その間に熱い油の、これは……なんかの貝のフライか? そして……強烈なレモン汁。

かつて携わった、アメリカン戦前マフィアものに出てくる料理。
「クラムのフライ」。

湾の砂州で採れる、大きな二枚貝。日本のハマグリと違って、砂抜きが出来ないので殻を開き、砂の詰まった内臓の部分を取り去ってから料理する、アメリカの屋台料理。

こうやって書いておいてアレですが……じつは私。そういう料理は食べたことがない。
以前、飲み屋で書けんこの身を沈めてくだを巻いていたころも……思い起こせば。
行きつけのスペイン風飲み屋で、発泡白ワインのフルートグラスを傾けながらつまんだのは、ホタテ貝の貝ひものフライだったか。当時からすでに高級品だった「ハマグリ=クラム?」のフライなど、私がつまめるわけもなく……。
では――私が作中で出した、くだんの「フライ」。
あれが完全に創作かというと……じつは、元ネタ、引用元がある……のですが――

……書けん物書き、その失策は数あれど。その中でも四天王クラスのやつ。
『元ネタの本が何だったか、思い出せない――』
これ。まさに、これが……その「貝のフライ」だったりする。
……何だったかなー、あの本。と。これを書きながら思い出そうとして、そのいとぐちすらつかめず。
……アメリカの、古い作品。大草原? 子鹿物語? あるいは……
……ブローティガンは違う。ヘミングウェイか……? だとすると、どれ?
などと、各手元まり脱線する。書棚で、ホコリじみた本を上から下へ。開いては閉じ、ときどき読みいったりしてしまって…… ハッ となって、一時間経過。

……思い出せませんでした デデドンオチの効果音

……かつて。私が本で読んだ「はず」のそれは。
大きな二枚貝、クラム。日本で言うハマグリだが、アメリカのそれは砂抜きできないから、殻をむいた際に、身を割いて内臓を取り除いた調理する、というものだった。
これをいとぐちに、ネットのほうで探ってみると――

まず見つかるのは……。
以前の日本では「大アサリ」と称して販売されていたこともある、北米出身の外来種、ホンビノス貝。

うん。これっぽい。
たぶん、私が何かの本でこのホンビノス貝を知り、その調理を聞きかじって――そのネタを、マフィアものに登場させた……のでは。うん、調査終了、本は思い出せなかったが一件落着。
……と思いきや。
だが、Wikipediaなど読むと、「ホンビノス貝は砂抜きが容易」とある。
ありゅえ? じゃあ、砂抜きできないから内蔵除去云々というのは……?
 私はまた夢を見せられてゴーストハックを受けていた? 刑事さん、最近こういうのが多くて困るんですけど。どうしたらいいでしょうか? えっ、厚生福祉プログラムも治療もない?
そんなー。

さらに、ネットで調べ物を続けると……。
見つけたのは、日本でもお馴染み。
「バカガイ」。和食、寿司ネタでは「青柳」とも呼ばれる二枚街。

このバカガイは、酸欠に弱く砂抜きが出来ないので、さばいて、砂の混じった内臓を取り去って貝柱や斧足の部分を食する。
不肖「あー。あー。これかも、やっと見つけた」
T氏「江戸前の青柳で書いてあるべや。お前のみたのは、アメリカ文化」
T氏「どうせ、お前の脳内で青柳の食文化と、アメリカの、ネイティブの食文化が混ざったんじゃないの」
不肖「うーん……。違うといい切れないのが、つらい」
T氏「ポカホンタスとかの。メイフラワー号の記録とかは?」
不肖「あー。その線もありますが。……あの記録は、資料はどこにしまったか……」
T氏「うちの事務所に、使わない資料の本ばっかり置き去りで溜め込むくせに」
不肖「すみませんスミマセン……。なにか、新しい企画のときに使うかな、って」
T氏「まずは今の仕事をだな」
スミマセンスミマセン

貝のフライ。謎は深まるばかり。
……もしや、アサリ、ハマグリ、バカガイではなくて――
北米大陸にいる、もっと別の貝。それの調理の記録を、私がどこかで見たのかも? その資料がネットで見つかれば、私の忘れている資料本の正体も判明するのでは?
というわけで。
もうしばし、北米大陸の貝を――アメリカでとれる二枚貝で、砂抜きが出来ない、内臓を取り去るしかない調理をする貝が入るかどうか、調べると。

レーザークラム、なる貝がみつかる。

日本で言う、マテ貝のお仲間。アメリカらしく、すごく……ご立派です。
それの大西洋側のやつが、こちら。

マテ貝は砂抜きをして食べるらしいので、こいつらは今回の調査の対象外、なのだが……レーザークラムの姿から連想した、とある貝を探してみると――

アメリカナミガイ

これは、日本で言うミル貝の仲間。これも……すごく、ご立派です。
ミル貝ならば「内臓を取る」という調理がある。
もしや、これか……? アメリカのミル貝を食べる文化を、私がどこかで見て。それを作中で使った、1930年代のアメリカの、屋台料理として登場させた――のでは?

T氏「アメリカミナミガイ、Giant Clam。たしかにクラムだが……」
不肖「証明終了ですね。元ネタの本は見つかりませんでしたが、これが答えで」
T氏「Giant Clamの生息は太平洋。西海岸だな。しかもクラム漁業が始まったのは1970年代だそうだ」
不肖「ぎゃふん」

これは……やってしまったのか。10数年前の私。
戦前の1930年代の北米東岸、架空都市で。内臓を除去するスタイルのクラムと呼べる貝が獲れない。屋台でフライにできない……完全な、創作を描いてしまった……。
デキルスタイルのイケメンは完全創作、ムナクソな悪役はり現実を改変するにしても――せめて文化くらいは、当時の史実を描かないと……私みたいな物書きは、存在理由レーゾンデートル に関わる。
……そもそも私は「何の本を読んで」そのネタを拾ったんだろう?
……アッ! と、数刻の無駄な時間の末に。ひらめく。
開高健先生のNY滞在記だったかな……と、書棚に手を伸ばし。
……50年前の、NYオイスターバーの記録。
圧倒的筆力、情緒。うちのめされてしばらく憂鬱になる不肖。
……だが。これじゃない。フライの記述はない。
ありゅえええ? 

T氏「これだから日本語で検索しかできない書けん作家ロートル は。英文、Clam fly で検索すればいいんでは???」
不肖「あー。あー。あー。なるほど」

ありました。

不肖「これこれ。こういうのを描きたく―― あれ。内臓、取ってませんね……」
T氏「うむ。これもちがうかな。 ……あっ、Fried Clam が料理名?」

ありました。

T氏「……レストランによっては、首と呼ばれるハマグリの歯ごたえのあるサイフォン部分を取り除く場合があります。……だ、そうだ。砂を食っている内臓を取り除くという記述は、無いな」
不肖「サイフォンって、水管ですかね。あれって、噛めないくらい固いんですかね?」
T氏「かもしれぬ……が。いや、重要なのは”レストランによっては”の部分だ、つまり」
不肖「内臓を取り除くお店や調理人がいる可能性も――」
不肖「つまり。私が描写した、屋台の貝料理は。時代や、店によっては存在する可能性が。微粒子レベルどころかビー玉ぐらいの大きさで存在する可能性が。あー。あー」
不肖「よかった、私は間違っていなかったー。あれは史実。きっと、たぶん、こう……」
T氏「――まて。喋って済ませるんじゃあ、ない」
T氏「その、今の思いつきで。ロックフォート式の、フライドクラムのちょっとした話を書くんだ。noteの日記用に。そうしたら――」
不肖「したらば?」
T氏「[ここからさきは有料です]ボタンじゃあああ!」
不肖「げっ、外道~~~っ!!」


SS『Fly Guy』

四月。カレンダーにはSpring、春と書かれていても――
東海岸には、亡霊じみた冬の残滓がしがみついて離れていない。そんな四月だった。コートに染み付いた油汚れのような寒さと湿気が、街に、海に。荒野に重苦しく残る、四月。分厚い雲にさえぎられたままの
日差しが、まったく世界を温めてくれない……そんな四月。
そんな重苦しい春は、ここデイバンでも同じだった。

「気づいたらもう朝じゃねーか。くっそ、この忌々しい霧のせいだぞ」
「時計を見ろ、アレックス。朝日など、ここしばらく見ていないな」
「腕時計? そんなもんまた壊れたから川に捨てたわ。あーあ」
――腹が、減った。
背の高い二人の男は。その片割れ、少し時代遅れの山高帽を被り、同じ色の黒いコートを夜霧で湿らせていた若い男。アレックス、そう呼ばれた凛々とした顔立ちの、青年は。
「ハラ減らねえか、イーサン。どっかで、なんか食おうぜ」
「……俺は、べつに。お前は酒を飲みすぎだ、だから無駄に腹が減る」
「はー? ビールは酒じゃねえよ。あんなもん、飲んだうちに入らん」
「お前は、飲み過ぎだアレックス。酔ったところに仕掛けられたら、戦えんぞ」
「だーかーら。俺は酒で足を取られたりしねえよ。この前も見せただろ……ほれ、こうやって」
アレックスは、相手の若い男をからかうように――
仕立て直した軍服を着て、これみよがしに騎兵のサーベルを持った男に。彼の相棒、そして親友のイーサンに。この冷えた重苦しい霧の中でも、その彼の周囲だけ空気がピンと張り詰めるような、鋭い眼差しの前でおどけたように両の手を広げ。
「あの鉄橋。あそこの欄干をさ、ウイスキー飲みながら北から南まで渡り切ってみせただろ、俺はよお。賭けを仕掛けてきたドイツ野郎は途中で川に落っこちたがな!」
「命の安売りはやめろ、アレックス。おまえには、俺たちには使命がある――あの誓いを忘れたか」
「んもー。またそうやって、怖い顔するぅ。俳優できそうな顔が台無しだぜ色男」
「腹が減ったんだろう。ロックフォート港には、もう屋台が出ている。行こう」
「ああ。今週の塵代ショバ代あつめもしねえとだしな」

南と、東からの海流が流れ込むラリタン湾には四月の空よりもぬるい海流が大きな渦を作ってめぐり、常に……昼も、夜も。その海面からは、生ぬるい、重苦しい霧が立ち上って。それはすぐに雲の下で冷え切って、まだ世界の冬はおわっていないのだと――
腐った海水の臭い、そして冷気を従えた海霧は。デイバンの人々に、とくに貧しい人々に覆いかぶさって、この世界を生きづらいものにして……離れない。
そんな、四月だった。

――二人の男は。
歴史ある港町、デイバンに巣食うギャング。最近は、イタリア系移民の犯罪者を吸収したせいかシチリア島の流儀で「マフィア」とも呼ばれる暴力団「トスカニーニ一家」。
その、若い衆。下っぱヤクザの二人、アレックスとイーサンは。
海から這い上がってくる重苦しく、冷たい霧の中を連れ立って歩き。波の音と、霧の向こうにぼんやり浮かぶ、城塞のような鉄橋の方から響く機関車の騒音の中を、歩き。

「親分は、また具合が悪いんだってな」
「この霧のせいだろうな、咳がひどい。アスピリンとヘロイン漬けだ」
「よくねえなあ。また、あのくそったれの若頭どもが好き放題するぞ、こりゃ」

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