![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/30460299/rectangle_large_type_2_c89a4cec52448ccb14ad20c35705c1b5.jpeg?width=800)
半替え玉を頼んだ日の話【2020/07/15】
「昼飯を腹一杯食うやつはビジネスマンとして2流」
どこかの若社長がインタビューでこんなことを言っていた。
理由としては消化にエネルギーを使ってしまっては脳が働かなくなる。それが午後の生産性低下に繋がるとのこと。至極真っ当だ。
仕事のために食事も体型も管理するエリートビジネスマンらしい。
この言葉はなぜか僕の脳裏に焼き付いている。なにかが自分の中で引っ掛かったんだろう。1流ビジネスマンを目指してるわけでもないくせに。
----------------------------------------------------------------
それはさておき今日は美味しいラーメン屋に出会った。
スープが良く絡む細い麺と香ばしく肉厚なチャーシュー、メンマや他の具たちを、さっぱりした塩味のスープと彩りにも一役買っているオレンジピールがしっかり束ねている。
平日の昼でもスルスル食べられて胃もたれもしなそうだ。なにより美味しい。
(写真は撮り忘れたが、こんな感じのラーメンだ)
あっという間に食べ終わったそのラーメン、量は少し控えめだった。
もう丼の底にも麺は居なくなってしまったがまだ僕の腹は7分目くらいだ。
そんなとき卓上に「替え玉承ります!現金でもOK!」と書いてあるのを見つけた。
「ラッキー!」と思って替え玉を頼もうとした僕に頭の中で誰かが待ったをかけた。
あの若社長の言葉だ。
「昼飯を腹一杯食うやつはビジネスマンとして2流」
頭の中で何の縁もない謎の若社長がそう告げる。
「昼飯にラーメン、しかも替え玉なんて2流どころか3流のやることだ。」
頭の中で一生会うことの無い彼が、一流を目指しているわけでも無い僕に説教をはじめた。
しかも少なくとも僕が見たインタビューでは彼はこんなこと言っていない。
でももう僕の中ではこのエスカレートした主張は彼の主張になってしまっていた。
頭の中で同じ説教を、今度は別の人がしてきた。
僕の上司や先輩たちだ。
同じく上司や先輩がこんなことを言っているのは聞いたことがない。
上司は昨日は生姜焼き定食を大盛りで食べていたし、先輩も昼はカレーしか食べない人だ。
炭水化物の食べ過ぎを説教されるなんてあり得ない。
にも関わらず、身近なビジネスマンが僕に説教をしてくる。
この説教はなんなのか。
その正体に僕はとっくに気づいていた。
もちろん単なる思い込みだ。
謎の若社長の言葉を従わないといけないものにしているのも、それを説教と捉えているのも、若社長を身近な人にすり替えているのも、全部僕だ。
そんなことはわかっているし、そもそもラーメンによって午後の生産性が落ちることが嫌で、自分を説教しているのでは無い。
この説教が続いているのは、自分の嫌な部分に気づいたからだ。
会ったことも無い人間の言葉を気にして、ラーメンの替え玉を頼むことにストップをかけた自分に気付いてしまったことが嫌なのだ。
僕は自分が嫌になったとき、脳内説教が止まらなくなる。
「自分が嫌」という隙に自分で生み出した敵が入り込んでくるのだ。
自分で自分を脳内説教するという訳の分からない事態に陥った僕の目に、一つの言葉が飛び込んできた。
「半替え玉も承ります!」
あの時の僕にはクモの糸に見えた。
「すみません、半替え玉ください。」
これならいいだろう。と必死に自分に言い聞かせ半替え玉を注文する。替え玉を頼めばいいのに。
半替え玉が届いた。若干冷めたスープに見るからに少ない麺を入れる。
誰かに言い訳するみたいに、これ見よがしにラーメンに酢をかける。
「さっぱりさせればいいだろう。午後に胃もたれもしないだろう。」
何の根拠もないのに、言い訳する相手も居ないのに、自分に必死に言い聞かせられたことにしている。そのまま味わって食べればいいのに。
頭の中から若社長を追い出すことに必死で、もうあんなに美味しかったラーメンを味わう余裕も無くなっていた。
時間に追われてもいないのに麺を急いですすっていた。ゆっくり食べればいいのに。
半替え玉のさらに半分を食べ終えた頃、ようやく頭の中から敵がいなくなった。
自分から解放された僕は改めてラーメンを口にした。
すっぱくてあまり美味しくなかったし、お腹もいっぱいにならなかった。
----------------------------------------------------------------
これが僕の今日の昼休みだ。
我ながら生きるのが下手だと思った。他の人ならこのラーメンを最後まで美味しく食べられたんだろう。
でも、今この文章を書いているとき、脳内にはそんな僕が好きな自分がいるのだ。
どんなに生きるのがヘタクソでもそこまで愛せる自己愛の強い自分がいる。
昼休みはあんなに敵だった自分が今では全肯定してくれる味方だ。
だから明日もこうやってフラフラとヘタクソに生きていける。
なにがあってもきっと夜の僕は味方だから。
こんなところまで読んでくれてありがとう!