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最期の言葉かも、ってわかっているときに、人は何を話すんだろう。

これが最期の言葉になるかも、と思いながらベッド際に立ったのは初めてだった。

今、部屋を出たら、もうこの人に会うことはないかもしれない。

そんな時に、人はどんな言葉をかけるんだろう。

島原さん(仮名)とは長い付き合いになる。
私が仕事を始めた時には既に、週のうち数日を施設で過ごし、残りの半分は自宅で暮らしている方だった。

島原さんの病名はALS。
運動をつかさどる神経がダメージを受け、徐々に筋肉が動かなくなっていく病気だ。

筋肉が動かなくなっていく、ということはただ単に体が動かせなくなるということではなくて。

食べ物を飲み込んだり、話すことが難しくなり、
次第に呼吸に使われる筋肉も弱まっていく病気だ。



島原さんは、自分の尊厳を守るためにはどんなことでもする人だった。

それが一番強く表れていたのは、徹底した同性介助の希望。
身体が密着する場面に男性が関わることを断固として拒否されていた。

これは介護をする上では本当に難しいことで。
身体が動きにくい方の身体を支える上で、できるだけ密着して介助するのは安全を守るためにとても重要。
それができないということは、男性はほとんどケアに入れないということを意味していた。

でも、「身内じゃない男性とほどよい距離を保ちたい」ってすごくあたりまえの気持ちで。

島原さんが言っていた他の要望も、あたりまえのことばかりだった。


例えば、「いい感じの姿勢で寝たい」。

私たちだったら、

う~~~んなんか寝にくい!!!!右向くか?服がたくなってるから直そ!やっぱ左向きの方がいいや!ハイ完璧!!!おやすみなさい!!!!!

で終わる話なのだけど。


これがすべてを人に代行してもらわなきゃいけない場合めちゃくちゃ大仕事になる。

Level1:「おなかさむい」

(職員の心の声:布団が少なかったか…?違う???シャツを服に入れてほしいのか、了解了解)

Level2:「よこむきたい」

(はい!右を向きました…!おや…しっくり来ていないようだ…ちょっと腰引いてみます…?まだだめ…?足の向き変えます…?)

Level3:「おちてる」
(……なにが?タオルが床におちてる?枕がちょっと落ちてきてる?それとも身体がおちてる?とりあえず身体を上に引き上げてみるか…ええ??違うの…???)

もう毎日が暗号解読。少ない情報からやってほしいことを予測して、思いつくこと全部やってみる状態。


…っていうか島原さん、言葉数少なすぎません…?
ってみんな思ったかもしれない。

実は、島原さんはだんだん口の筋肉が衰えてきていて、この時には文字盤というでっかいあいうえお表を指さして伝えてきている。
そんなに体力も持たないので、指さしている手もプルプル震えてて。
ご本人はゼーゼー、私たちもひーひー言いながらああでもない、こうでもないとやっていた。

いい感じで寝たいし、お化粧もしたいし、自分の好きな食べ物を食べたい。
あたりまえを叶えるために、二人羽織みたいなしっちゃかめっちゃかな毎日を、ご本人と二人三脚で歩んできた。



そんな島原さんが入院して、1か月ぶりの利用となった。
久しぶりの利用の時は、病院から事前に書類が届いたり、施設の職員がご自宅に行って今の体調やご本人の要望を聞きに行ったりする。

島原さん、今回の入院はどんな感じだったかな〜と思いながらパソコンを開いた私は目を疑った。

「オムツの交換は男性に入ってもらっても構いません」
「入浴も男性介助でも構いません」
とご本人より。

あの島原さんが…?そんなこと言うか…?
どんな心境の変化があったんだ…??

と頭を捻って帰った次の日。

出勤して島原さんに会った私は、納得してしまった。


1か月ぶりに会った島原さんは、信じられないほど痩せていた。
動かし方を間違えたら確実に骨折するレベルだった。
瞼を動かすのもやっと、というような状態だった。


滞在中の島原さんは、まるで今までとは別人のようだった。
いつもプライバシーを大切にし、部屋は絶対に鍵をかけたいと言っていたのに、怖いからドアを全開にしてくれと頼まれた。
病院は絶対に嫌だと言っていたのに、苦しいから病院に連れて行ってくれと繰り返した。



3年もこの仕事をしていると、わかってくる。
もうすぐ、その時が来る。


島原さんが帰る日。
今回家に帰ったら、次来ることはないかもしれない、と強く思った。
絶対に当たってほしくない勘だけど。

退勤前に島原さんの部屋に向かいながら、これから話す言葉が、私と島原さんの最期の会話になるかもしれないと思った。
そう思うと、島原さんとのうんうん唸りながら過ごした色んな昼や色んな夜を思い出して、涙が出そうになった。

なんて言おうか。
でも、私に言えるのはこれだけだ。


「島原さん!私は次来た時もここで待ってるので!また会えるのを楽しみにしてます!」

島原さんはちょっとだけ笑って、小さく頷いた。

島原さんにまた会えるかどうかは、まだわからない。
でも、たとえそれが叶わなくても、叶えたいと思った今がある。
それは紛れもない事実だ。

私は待っていると言った。島原さんも頷いた。
私たちは、また会おうと約束をした。

また会える未来が来ることを、心から祈っている。

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