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ソールライターの視点と赤いバラの彼|【MikaGoRock 美加語録】


渋谷Bunkamuraで開催中のソールライター展を見に行った。
写真家というよりも画家の目で切り取られた写真は、私に新しい世界の見方を教えてくれた。

ソールライター1



なによりもソール・ライターが50年以上も取り続けたNew Yorkという街は、80年代に私が5年間過ごした場所。写真を勉強しながら、同じ道を歩いて、同じものを見て、同じように写真に熱狂していたわけだけれど。それだけに、なぜこの風景をとるのだろう?と不思議に思う写真が多かった。

そんな疑問をもちながら、会場の一角で大きく拡大されたスライドプロジェクションをずっと見ていた。次々と写し出されていく巨大なスライドを、とにかくずっと見続けた。等身大の景色の中で、私の心の中のNYが蘇ってきた。そして、長い時間ぼ~とみているうちに、彼の視点がとらえた街が浮かび上がってきた。

ソールライターは空間全体を感じていて、何かを見ているわけではなかった。焦点がないのだ。写真は中心となる被写体があるものだと思っていた。フォトジャーナリズムを専攻していた私は、当然被写体ありきで撮影していた。だから被写体がはっきりしない写真に戸惑ったのだった。
彼は一つのものに焦点を合わせているわけではなかった。その空間を構成している全てのパーツが、全体として常に変化し続ける世界をみている。

ところどころに展示してあるコンタクトシートをみると、同じ被写体は2枚、多くても5枚で次の場面に移っていた。通常は同じ被写体のバリエーションを何枚も撮るのだけれど。そこに彼の自分の視点に対する確固とした意志と、完成された美意識を感じた。

それは、登場人物がものすごく多くて、ひとつのエピソードがあまりにも簡潔に書かれていて何がなんだかわからない。でも全体としてみると一つの壮大なストーリーだということが分る、というユダヤの聖典である旧約聖書的だなと思った。

そしてもう一度展示会場に戻って、今度は離れて写真を眺めてみた。そうすると、見えなかったものが浮かび上がってきた。写真の前に群がり視界を遮っている人さえも、全体のなかの存在だった。そして会場全体が作品になっていた。

ソールライター3



その後に、ちょうどよく上映していたソールライターの映画を観た。80歳を超えたソールライターのドキュメンタリーだった。とてもチャーミングで愛の深い人だった。彼の家族は敬虔なユダヤ人で、家族の多くがホロコーストで殺され、彼自身は自由になりたくて宗教から離れたという経緯がある。その独特のユーモアと全く飾らない話し方は、ひとつの哲学に貫かれている。

「生きること」

映画の中で印象的だった言葉。

「私の写真の狙いは、見てる人の左耳をくすぐること。すごく、そっとね。」ソール・ライター
「神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。何も、世界の裏側まで行く必要はないんだ。」ソール・ライター

50年間NYの街をとり続けている彼は、80歳を過ぎても近所をプラプラ歩きながら写真をとっていた。凄く楽しそうに。


ソールライター2


そういえば、NYの大学時代の写真仲間に、ユダヤ人の男の子がいた。古めかしいハッセルブラッドのカメラで写真を撮るそのスタイルは、映画で見るソールライターとそっくりだった。日常の風景を題材にしていた彼は、きっとソールライターを尊敬していたんだろうなと今になって思う。知的で日本にとても興味を持っていた彼はとても良い友人だった。

ある日、大学で写真の現像をしながら休憩していた私に、真っ赤なバラの大きな花束をプレゼントしてくれた。その日はバレンタインデーだった。アメリカでは男性が女性にプレゼントする日だった。

その数週間後、彼は友人と国立公園に泊りがけの撮影旅行に行った。喘息もちでいつも吸入器を持ち歩き、もともと心臓が弱かった彼にとって、初めての泊りがけの撮影旅行だった。その日をわくわくしなが心待ちにしていた。

広大な国立公園の川の浅瀬にカメラを設置し撮影をしていた時のこと。目の前に広がる景色をみながらつぶやいたそうだ。

「まるで涅槃みたいだ」

それが最後の言葉だった。
その直後、彼は心臓麻痺で旅立ってしまった。
きっとほんとうに人生最高に美しい景色をみたのだろうと思う。

すっかり忘れていると思っていたNY時代の様々な日常を思い出させる展覧会でもあった。どれもが大切な一片だったんだなと思う。そして私が一番NYらしいなと思った写真は、本当にありふれた風景だった。赤煉瓦の建物と降り積もる雪。

「写真はしばしば重要な瞬間を切り取るものとして扱われたりするが、本当は終わることのない世界の小さな断片と思い出なのだ。」ソール・ライター


今日というバレンタインデーに、世界中の、誰かを愛している心優しき人々に愛がたくさん降り注ぎますように。そのあまりにも幸せな目の前の一瞬に気が付けるように。

(2020年2月14日に書いたエッセーより)

*写真は全てソール・ライターの作品

ソールライター4

  

       


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