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シレア国 兄王子中編

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硬派ファンタジー、イケメン主従、アクションありのバディもの。 正統派イケメン王子と苦労人系イケメン従者です。 30000字なので、サクッと読んでください! よろしくお願いいたしま…
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#イケメン

双璧の誓盟 第九話 密話(二)

 市が開かれる広場に面して、件の茶屋があった。扉には薬草を模した飾りが紐で垂れ下がり、それを引くと頭上で鈴が鳴る。「開いてますよ」という返答を受け、カエルムは古びた銅の取手を回した。  店内は薄暗く、明るい戸外から入ると明暗の差で瞬間的に視力が奪われる。段々と慣れてきた目で奥を見れば、壁がびっしりと棚で埋まっていた。 「旅の方ですか。何をお求めですか」  棚の前には中肉中背の男性が立っていた。髪には白いものが混じっている。 「ここは薬茶も扱うのでしょうか」  カエルムは天井ま

双璧の誓盟 第十話 密話(三)

「残念。一人残っちゃった」  言葉と裏腹の愉快そうな声が陶器の落ちた残響に割って入った。 「ま、いっか。話の様子だとお兄さんの方がご主人? 護衛がいなくなっちゃったねぇ」  戸口に現れた女は、身を崩したロスとカエルムを交互に見てにっと笑う。カエルムがロスに駆け寄ろうとすると、女は瞬時にロスの真後ろに身を寄せ、カエルムをその場に止まらせた。  何を隠し持っているか分からない。挙動次第ではロスの身が危ない。 「月華草種子の許可なき乾燥及び水溶は不法だが」 「あらお兄さん、薬学にも

双璧の誓盟 第十一話 浄化(一)

 部屋に入ったのは三人、それぞれ剣や棍棒などが手にある。そして間口から見える限り廊下に数人。獰猛な目つきをした者たちは、警戒と怒りを露わに、二人を囲むように陣取った。  双方相手の出方を窺ったまま固まり、呼吸すら聞こえない。  そのまま数十秒はあったか。不意に衣擦れの音が空気を揺らし、カエルムの前にいた男が踏み込んだ。 「遅い」  襲い掛かった男の視界からカエルムが消え、予想外の影が目の前に現れる。男がそれに気を取られた一瞬の隙に、手にしていた棍棒が打たれて持ち主の顔面を叩い

双璧の誓盟 第十二話 浄化(二)

 喧騒を背にしてしばらく駆けると、次第に板張りを打つ自分の足音が大きくなってくる。火を灯した照明が点々と並ぶ廊下の左右には、客間や書斎があるばかりで、よくある富裕層の邸宅と変わらない。  ——どこに消えた。  広いとはいえ平屋だ。あの場から立ち去った女が逃げられる範囲は限られている。だがどの部屋にも人影はなく、気配すらしない。  廊下が延びるまま右に折れ、左に折れたところで前方が行き止まりになった。外に出たか。  引き返そうと足を緩める。すると突如として足裏の反発が軽くなり、

双璧の誓盟 第十三話 浄化(三)

 ——来たか……  目の眩みを殺そうと唇を噛む。薬を飲んだからと言って、自分も無害ではいられない。連戦で消耗していては尚更だ。  振り下ろされた一撃を反射的に受け返すと、その反動で体が否応なく後ろへ跳ね返された。大剣の重さは尋常ではない。  ——こちらから仕掛けないで終わらせたかったが。  改めて覚悟を決め、散じた気を集めて柄を握り直す。四肢が気怠い。機を逃せばこの身が裂かれるだろう。  蝋燭の光に痛みを覚え、目を細める。そのとき、視界の端で男の足が不自然に床を踏んだ。  だ

双璧の誓盟 終章 帰郷

「ったくあんたは。人のことだけ無事に逃そうなんてそうは行きませんよ」  閉じかけた瞼の裏に光を感じたと同時に、聞き慣れた声が降ってくる。握りしめた剣を支えに顔を上げようとすると、目前に人影が現れた。 「ロス……? まだ、鐘楼は」  鳴っていない——そう言いかけたカエルムの耳に、清らかな鐘の音が届いた。  鈴のように軽く、清水を思わせるほど澄んだシューザリーンの時計台の調べ。古来よりずれも止まりもせず、唯一この一瞬にしかない時を民へ伝えるシレアの宝。シレア国内ならば場所を問わず