見出し画像

球体と男


元気か元気じゃないかで言えば、元気ではない。


でも、全てを投げ出していい理由になるほどではない。


喉が詰まる感覚はあるけど、息ができないほどではない。


足は痛いけれど、歩けないほどではない。


涙は出るけれど、止まらないわけではない。


しんどいけれど、楽しい道を探す努力はまだしていない。



男は、大きな黒い球体を抱えて歩いていた。


ただただ真っ白な空間。


人も、道も、終わりすらもない空間。


男は自分の半分以上もの大きさのソレを、大事に抱えていた。


誰に頼まれたでもなく、いつからか抱えていたソレの正体を、男は知らなかった。


一体どこへ運ぶのか。それすら知らなかった。


大切な何かを守り続け歩いた先に、それを手放すときが来るとして、人間は簡単にその判断ができるのだろうか。


男は泣いていた。


ソレを抱える体力はもうなかった。


男は倒れ込み、ソレが身体を押しつぶす。

ゴロゴロと音をたて、遠く見えないところまでソレが転がっていく。


男は笑っていた。


もう終わりだ!


そのまま目を閉じる。


白の空間に全て溶けてしまえばいい。



深く呼吸する男の右手には、小さな黒い球体が握られていた。






この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?