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私の好きな花――くちなし(zoom授業で書いた文)

 道を歩いていて、どこか遠くからくちなしの匂いが漂ってくるのを頼りに、あちこち歩きまわって咲いている場所を見つけるとうれしくなる。花を見つけると、周りにだれもいないのを確認して、たちどまって白い花の匂いをくんくん嗅ぐ。
 まだ親と手をつないであるいていたころ、とてもすてきなにおいがするね、という私に、これはくちなしという花のにおいだよと教えてくれたのは父で、小さな鉢に植えられた木を買ってきて庭に植えてくれた。くちなしは実家の庭には根付かずいつも気が付くと枯れてしまっていて、けれど六月になるとくちなしの鉢を買ってきて庭に植えるのを繰り返していた。父が死んで、庭は手入れをしてくれるひとを失って荒れてしまった。私にくちなしを買ってくれるひとはもういない。
 生垣や公園を散歩して、くちなしの花の匂いを嗅ぐ。白い花はすぐに痛んで黄色くなってしまうけど、変色してしまった花からのほうが強く匂うのもしぶとくて好きだ。わたしも人生の終わりに近づいているけれど、最後に強く匂うみたいにして生きたいと思う。



去年の今頃、オンライン授業の課題で書いた文。
四百字指定。わたしの好きなもの、という題名で二十分で書くといった内容だった。
先生には四百字で書きうる全てが書かれている、と批評してくださって、文芸コースの学生としてやっていく自信になった一文である。

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