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猫は生きているだけでえらい

我が家の絶対君主であり大天使であり、かつ唯一無二の宝物である猫が死んだ。
ゴールデンウィーク前に体調を崩したとは聞いていて、とはいえそろそろ危ないかもを二回も乗り越えた猫なので、今回も元気になるだろうと油断していたら、まんまと行ってしまった。
昨夜、SNSで18歳の猫に好きなだけ牛乳とささみを食べさせたら元気になったと見て、今朝近所のスーパーに開店と同時に飛び込んで乳脂肪分47パーセントの生クリームと和牛の切り落としを買って来たのだ。
生クリームをスプーン三杯舐め、もうちょっとしたら牛肉もあげようと思っていたところだった。うちのねこさまは生クリームと高級な寿司屋のマグロ、牛肉がお好きなのである。
普段無口な猫がにゃーんと鳴くので様子を見に行ったら、珍しくオシッコに失敗してしまっていて、母が抱き上げて私が濡れた身体をタオルで拭き、綺麗になった身体をマットの上に横たえて、頭を撫で撫でしていたら、気がついたらもう息をしてなかった。猫が死に行く瞬間に立ち会いながら、私は猫の腹や足をタオルで拭い、よだれをふき、頭を撫で回していたのに全然気がつくこともなく、足にある毛玉をとってあげないとな、と考えていたのだった。
頭をなでても目が開きっぱなしで、なにかおかしいと思った時にはもう旅立っていて、あまりにも安らかで、尻を撫でても顔をあげて噛みついてこないのが不思議なくらいだった。
ねこさんは長毛種で毛玉になりやすい体質だったため、私に尻を触られるときは毛刈りされると警戒して、私が尻を触ったらすかさず噛んでおくことを習慣化しておられたのだ。

ところで、今日旅立つことを決めるなんて、さすがうちのねこさんはえらい。
ふだん私は東京の会社の近所の家に住んでいて、猫さんの居る実家には週末しか戻らないのだ。
実家には生粋のお嬢様育ちの浮世離れした母がひとりで暮らしており、ひとりといちねこ、ふたりきりのときに旅立つことになったら、それはそれは惨状になったであろうことは想像つくのである。
ねこさんになにかあったら仕事なんて速攻切り上げて家に戻っただろうけど、ねこさんは私にそんな手間をかけさせることもなく、かわいいねぇと呑気に頭を撫でさせながらいってしまうなんて見事な気遣い、さすが天才、大天使。

ねこさんは16歳で、人間でいえば後期高齢者のお年頃なので、まあいわゆる大往生と言えなくもない。でも、一緒に暮らしている方は、どこかでうちの猫だけは長生きしてシッポが九個に割れて猫又になるんじゃないかと思ってる。油断だね。 

ねこさんが家に来たのは、私が一目惚れしたからだ。会社の飲み会が銀座の松坂屋の屋上ビアガーデンであって、屋上に併設されていたペットショップで見かけてひとめで好きになってしまい、三ヶ月くらいの間銀座に行くたびに顔を見に行っていた。その頃、先住猫を亡くしたばかりだった。同じ猫種だけど全く似ていなくて、生まれ変わってあの子がうちに来た、とかは考えなかったと思う。ただねこさんのただづまいみたいなものが好きだった。
母と銀座で待ち合わせて買い物をしたときに松坂屋にとても好きな猫がいるという話しになり、母と一緒にねこさんを見に行った。試しにだっこさせてもらった母のネックレスにじゃれついて、すっかり母をも魅了した猫は、その一ヶ月後に我が家の猫として迎え入れられることになったのだった。
あの猫さんを迎えに行こうと母が突然言い出して、その日は両親の結婚記念日で祝日だったから、父親の運転する車に乗り込んで銀座まで繰り出し、秋晴れの空が綺麗な日、晴れがましいお祝いの猫として我が家に来た猫は、空という名前になった。

仕事でクソみたいな打ち合わせに出ている時なんかに、いつも脳内で空の背中を撫でていた、エアー空くんである。家に帰って実際に撫でると噛まれるけど、噛まれて手に穴が空いて膿がダラダラ垂れてもいいからもっと撫でたかったなぁ。

いま空を火葬する車がくるのを待っている。暖かく湿って、柔らかかった体はもうカチカチになってしまった。

昨日は京王デパートの催事で買ってきたゴージャス寿司を一切れ食べたし、生クリームも飲んだけど、せっかくいい牛肉買ってきたんだから、牛肉食べてから行けば良かったのねぇって思ってる。



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