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40年ぶりの告白

高校時代の部活仲間と久しぶりに集まった。
あの頃は「ザ・昭和」の時代。
スポコンを現実の中で経験してた。

そもそも私は運動神経が良くない😆
「〇〇先輩(女性)の後輩になりたい」一心で
先輩と同じ高校に進学し、念願叶って後輩となった。

当時、先輩方が強くて
それに比例し上下関係もある程度厳しかった。

当然私はついていけるわけがない。
入部して数ヶ月後に憧れてた先輩に
「辞めます」と伝えたが
「本当にやめて良いの?」と聞かれ
続ける選択をした。

結果3年間万年補欠
練習の時は、ほぼ玉拾い🤣
でも私には「玉拾いなら誰にも負けん。
レギュラーメンバーの誰にも負けん。」という
私だけのプライドがあった⭐️

しかし、当時の私はプレッシャーに弱く
ある時から応援する時に発する言葉の
第一声が出せなくなった。

無理に出そうとすると
仲間から「変な声」と笑われ
部活中はもちろんだが
卒業後も会うたびにいじられていた。

彼女にとっては昔の笑い話
私にとっては深い心の傷。

社会人になっても
その症状はたびたび出ていた。
普通に話す時は何ともないが
電話受けて第一声の「毎度ありがとうございます」の「ま」が出てこない。

言わなきゃと思えば思うほど
喉がキューッと締めつけられた。
かなり苦しんだ。

40代で「痙性斜頸」という病気になった。
脳のプログラム異常で自分の意志とは違う方向に首が捻じれる病。

ネットでたくさん調べた。
「局所性ジストニア 」という病気でした。
症状が
首に出たり(痙性斜頸)
手に出たり(書痙)
目にでたり(眼形痙攣)
発声に出たり(痙攣性発声障害)
全身に出たり(全身性ジストニア )します。

昨日も彼女が
「あの時変な声を出してたよねー」と
笑い話として話題にあげた。

【あのね、あれは実は病気だったんだよね。
当時は私も知らなかったんだけど
ジストニア という病気だった】
笑顔で話した。

彼女は「ごめん」と私に言った。

この病気は当時知られてなかったこと。
今でもあまり知られていない。
私自身、何でこうなるのか分からず
みんなに説明出来なかったこと。
子どもは時に残酷なこと😅

いつか、サラッと
【あれは病気だった】と言いたかった。
友達を責めるとかではなく、
もうその話題は終わりにしない?という
思いから。

40年かかったけどようやく言えた。
高校生の私を抱きしめてあげたい🩷
また一つ浄化した🌈




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