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【小説】人の振り見て我が振り直せ  第7話「人に向かって、スプレーシャワーは失礼ではありませんか?」


 茉莉花という人は〝自分の臭い〟(制服から臭う〝お洗濯のか○り〟と〝何かの異臭〟を足したもの(第3話))を棚に上げて、〝他人のニオイ〟には敏感に反応する人物だった。

 自分の〝キレイ好きアピール〟の一貫なのか、社員が終了ミーティングのために、汚れ仕事を終えて着替えて事務所に帰って来ると、事務所に入った途端、〝空間用消臭剤〟を事務所中や〝あなたは臭い〟と言わんばかりに、ほぼ本人に向けてスプレーしだすのである。
 
 茉莉花にその〝スプレーシャワー〟を受けた50代後半の正社員、大原和義が由希子に小声で聞いてきた。

 大原「藤(由希子)さん。俺って臭うかな?」

 由希子「えっ?どういう意味ですか?」

 由希子は先に事務所に帰って来て、社員共有のパソコンデスクで報告書を作っていたのだが、大原がとなりに来て突然聞かれたので、なんの事やら全くわからなかった。

 大原「いや、事務所入ったらさ、飯田(茉莉花)さんにいきなりスプレーされたんだよ……。」

 由希子「えぇ?!!!」

 大原「そんなに俺、臭いかな……。」

 由希子「私はそんなに気にならないですよ。私だって一緒に清掃作業してたから、同じニオイしてますし。ニオイはきっと着替えても、髪の毛とかについてるだろうから、とれなくても仕方ないですよ。気にする必要ないです!」

 由希子は強い口調で、事務所の入り口近くにある、茉莉花の担当デスクのところまで聞こえるように言った。

 大原「そうかな……。」

 大原はそれでもまだ、気にしているようだった。

 今日の作業で、大原は、施設内にある排水ピット(排水をためる水槽みたいなもので、そこに向かって汚水が流れてくるので、ある程度たまると水槽の下部にヘドロがたまってしまう)の汚水を排水後、その中に入って水をかけながら、もう一人の正社員の芳本とヘドロの清掃作業をしていたのだ。
 由希子はピットの中には入らなかったが、上から大原たちにホースを渡したり、水を出したり、デッキブラシで届くところを上から掃除していた。
 だから、少なくとも、大原と芳本はハードな掃除をしていたために、汗やヘドロのニオイがついても仕方ないのは明らかだった。

 会社には入浴施設もあるのだが、茉莉花以外の社員は皆んな車通勤のためか、帰ってから入浴した方が楽なようで、そのまま作業着から制服に着替えて、終了ミーティングに出るのがいつものことだった。

 それでも大原はスプレーされたことが、彼なりにショックだったのだろう。その日の終了ミーティングで、大原は茉莉花の左隣のデスクが定位置だったため、こころなしか、茉莉花側には近づかないようにして、業務の報告をしていた。

 少し茉莉花から離れ気味に話している大原を見ながら、由希子は思っていた。 

 (あのハードな汚れ仕事をしていたのだから、着替えたとしても、汗やヘドロのニオイ、加齢臭?もまざって、ニオイがするのは仕方ないことだと思う。

 特に今日の作業を朝のミーティングで聞いていたのなら、現場にいなくても、わかっていて当然だ。

 朝の出勤時から臭っている訳ではなく、今日1日一生懸命業務に取り組み、汗だくで仕事したからに他ならない。

 茉莉花は、現場で仕事をするのを〝なんだかんだ理由をつけて逃げてやらない〟のだから、なおさら、そこまで過剰に反応するのは、ある意味相手に失礼だと思う。

 大原は仕事をしているだけなのに、なぜ、そんな気づかいをしなければならないのか。

 茉莉花にしても、短い時間のミーティングなのだから、それくらい我慢はできないのだろうか。自分はやらないのに。いや、〝そもそもやる気がない〟の間違いだった。

 その〝自分の臭さ〟を棚に上げて(第3話)〝人に向けて空間用消臭剤(その人のまわりの空気さえも臭いということだろう)をスプレーする〟という、身勝手極まりない、相手の気持ちを考えない、その行動はどこからくるのか。

 そもそも、空間用消臭剤の使用上の注意に書いてありませんでしたか?〝人に向けてスプレーしない〟って。いくら人体に影響はないとはいえ、きちんと使用方法を理解しない人に、使う資格はないのでは?販売企業も迷惑ではないですか?)

 茉莉花の大した仕事もしていないくせに、いつもの得意げなふてぶてしい報告を聞きながら、〝スプレーシャワー〟された、大原の気持ちを考えていた。

 そして、終了ミーティングが終わったあと、由希子は同じ作業をしていた芳本(第5話)に、大原の出来事を話した。

 由希子「なんか、大原さん、今日飯田さんに〝スプレー〟されたって気にしてましたよ。」

 すると芳本は不機嫌な口調で、 

 芳本「ああ、あの部屋用の消臭剤だろ?所長があいつに言われて買いだめしてるやつ!俺なんか、今日だけじゃなく、何回もされてるわ!本当にあいつなら失礼なんだよ!ムカつくんだわ!」

 芳本はさっきの大原に言った由希子の声よりも、もっと強い口調で、茉莉花に聞こえるのを明らかに意識した様子で大声で言った。

 芳本は普段は淡々と話す人物なだけに、まわりにいた社員は明らかに固まっていた。そんな中、太田も同じ目にあっていたのか、となりでだまって深くうなずいていた。

 その日、茉莉花が帰った後の更衣室で、茉莉花のいつも半開きのロッカーを見ながら、由希子は思っていた。

 (それにしても、毎度のこととはいえ、茉莉花の行動が矛盾だらけなのはどうしてなのか。

 この茉莉花の汚いロッカー(第3話)の異臭に比べたら、大原のニオイの方が全然マシに思えるのだが。

 今日の茉莉花の行動は、おそらく本人は失礼な行動を自分がしているとは、微塵も思ってないと思う。逆に、おそらく聞こえていただろう、芳本の言動に、敵意さえ持っているだろう。

 もし、失礼を承知でわざと〝スプレーシャワー〟しているのなら、自分のことしか考えられない、恐ろしい神経の持ち主だと思われるので、本気で関わりたくない。)

 〝相手の気持ちを思いやることの大切さ〟を、茉莉花にわかりやすく勉強させてもらった出来事だった。

 おそらくこれが〝反面教師〟と言うのだろう。

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