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第八話 女郎花

※小春と才四郎の結婚を見守るある人のお話。

 兼ねてより、「その日」だけは、なんとしても寺へ参りたい、そう考えておりました。物陰からでもいい。ある女性の姿を、どうしてもこの目に留めて起きたかったのです。「その日」が近いこともあり、仕事。つまり私の出番はある筈も無く、お陰で私は体を休め、気を整えることが出来ました。
 
 そして待ちに待った当日。私はその日も非番でしたから、朝、日が昇って辺りが暖かくなってから、姿を現し、久しぶりに、寺の本堂へ続く、渡り廊下へと歩みを進めました。

 まるで神仏に祝福されたかのように、この日は、雲一つなく晴れ渡っておりました。霜月に近い長月の吉日であるに関わらず、陽射しは穏やかで暖かく、まさに「小春日和」。この良き日に、その女性が人生の節目を迎える。心から祝福を送りたい、私はそんな心持ちでおったのです。

 その人が、廊下に姿を表すまで、まだ時間があります。
 そうだ、昔からお気に入りであった場所。渡り廊下の見える植え込みに、忘れられたように置かれた、竹の長椅子。あれに腰掛けて、時間を潰そう。ふと、そう思い立ちました。そうして、その場所へ向かってみたところ……おや。私は、はたと歩みを止めました。

 すでに、そこには先客がいました。

 いつもと違い、きちんと髪を結い、寺の貸衣装なのでしょうが、黒地の着物を身に纏い、袴に、新しい足袋を履いて、彼は正装姿でおりました。元々美しい紫紺に輝く黒髪持ち、端正な顔立ちをしている彼です。折り目正しい出で立ちにより、さらに輪をかけ、その美しさが際立ち、思わず同性の私までもが、立ち止まり、ほうっと溜息をついてしまった程です。
 しかし当の本人の表情は、外見に反して明るいものではなく。悩ましい、固い表情をしていました。手に何かを握りしめ、それを見つめながら、憂いを帯びた表情を浮かべる彼。

 式は、刻一刻と迫っています。そんな様子でおられては、私としては困ります。まあ、何も考えず、諸手挙げて小躍りされている様子でも、困るのですが。

ーー少々喝を入れてやるか。

 ふと彼の背後に視線を移すと、渡りに船とでも申しましょう。とある花が咲いていました。あの花とは縁があります。少し力を借りることができる。さすれば彼と少し話をすることが出来るというものです。私はそのまま歩みを進め、彼の隣に腰を下ろしました。勿論彼は気付きません。私は背後の花を一輪手折り、腹に力を入れて再度、俯く彼に、声を掛けたのです。

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