第四話 夏虫(裏)
※本編、「夏虫」の章の才四郎視点です。
源内の一件があってから、小春がよく体調を崩す。催眠術を得意とする奴と二人にするべきではなかった。
美しかった鴉色の髪も酷く短く切らせてしまった。そしてあの時風が吹かねば、小春は命を落としていたやもしれぬのだ。彼女の痛々しい姿を見る度にひどい後悔の念に襲われる。そのようなこちらの気持ちに気付いているのか、「尼になるからちょうど良い」等、逆に気を遣われる。その度に師匠に「お前は情け深い所があるから忍に向かない。さっさと辞めちまえ」と事あるごとに怒鳴りつけられていた過去を思い出し、この気候も合間って気も沈む。
だが一つだけ。怪我の功名とも言えるべき出来事があった。彼女が催眠術に掛けられているかもしれないという奴の言葉だ。
源内の催眠術は昔から、師匠も驚く程強く相手に作用していた。それが素人の小春に効き辛かったということはつまり。奴が言うように、すでに彼女は何かしらの術にかかっているのであろう。
会ってから毎日感じることだが、齢十四とは思えぬ落ち着きよう。そしてなぜか自分を一つも肯定せず、卑下し、散り急ごうとする姿。もしかすると封じ込められた心や、記憶の中に、あの時の出会いもあるのではないか……。
思い返せば今まで、こちらが何を言おうとも、全く聞き入れない彼女の様子を見る度に気づくことがあった。美しい緑色の瞳が黒く翳るのだ。ただの強情っぱりで済まされない何かが彼女にあるのだろう。
その術が、源内のものと彼女の中で何か作用し合い、奴が術を解いた際に、その一部に影響をきたしたのでは無かろう
か。そしてそれが彼女の心中を不安にさせているようだ。しばらくすれば、心も多少は安定を取り戻せると思うのだが。
彼女が催眠術にかけられているとしたら、それを施した人間は石内の忍と考えるのが妥当だろう。そして忍隊の中で、これ程までに強い暗示をかけられる人間を、俺は一人しか知らない。源内が忍隊に金で雇われ、俺を消し、吉乃を連れ帰れと言われたというのも気にかかる。領地内があの情勢で、このような場所までその人物が来るとは思えないが。
しかし。術を解くとするなら、一度その人物と一対一でやり合わねばならぬかもしれない。その時俺は和尚殿が言っていたように生き残り、その後も彼女を共にいることが果たして叶うのだろうか。
……自分までも、このような心持ちでは共倒れになりかねない。小春の体調が良さそうな日の夕方、二人で気晴らしに蛍を見に出かけることにした。
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落花流水
ーー落花に情あらば、流水にもまた情がある……。 戦国時代を舞台に亡国の姫と、彼女の暗殺の命を受けた忍の旅路を描いた、本編「雨夜の星」の後…
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