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交換日記もバトンも回ってこない人生


 私はツイッターが大好きで、知らん人ん家の子どもの成長記録や結婚式の写真を延々見させられるFaceBookがものすごく苦手なのだが、先日そのFaceBookで流行っている「7日間ブックカバーチャレンジ」というバトンが、回ってきた。
 ネット上でいわゆる「バトン」が流行り出した時、どうせ私のところには回ってこないだろうというある種確信めいたものがあった。
 それは卑屈であるとか、自信がないとか、ましてやそうやって拗ねることで相手の関心を引こうとしているわけではぜんぜんなく、「鳥は空を飛ぶ」「肩たたき機で肩を叩く」くらい当たり前のこととして、「私にはバトンが回ってこない」ということを自然に受け入れていたのだ。

 思い出すことがある。小学校に入学したてのころ、「クラスのみんなのことをもっと知りましょう」という担任のアイディアによって、クラス内交換日記というものが回され始めたことがあった。日記といってもひとり2、3行書けばいいような短いもので、

「出せきばんごう5ばん おおにしけんと サッカーが好きです。犬をかっています。名まえはレオンです。よろしくおねがいします」

程度のものだった。
 口頭の自己紹介ではなかなか恥ずかしがって自分のことが言えない子どもへの、担任なりの配慮だったのだと思うが、結局のところ、この交換日記は始まってから三週連続で、私だけ「抜かされて」回されることとなった。
 理由はわからない。私はその後、中学に入ってからいじめに遭うのだが、この時分はまだそんなことも起きていなかったし、単純にただただ忘れられていたのだと思う。あるいは、出席番号順というものがあまり理解できていなかったクラスメイトたちが、仲の良い友達に先にノートを渡してしまったのかも。

 初めは抜かされたことに気づかなかった。「私よりずっと後のはずの渡辺くんがもう書いてるけど、私にはこの後回ってくるのかな」くらいにしか思っていなかったし、もし私だけ抜かされているようなことがあれば、担任の先生が気づいてこっそりノートを渡してくれるに違いないと思っていた。

けれど、ノートは回ってこなかった。

 二週目も半ばをすぎると今度は逆に「抜かされて一度も書いていない」ことを他人にばれたくないと思うようになった。放課後先生の机に置いてあるのをそっと盗み見までして内容を把握し、「けんとくんのおうち、犬がいるんだ、いいなあ」などとわざとノート内の話題をふることで、まさかまだ自分が書いていないなんて思われないように努力をした。
 あの時私は6歳だっけけれど、決定的にわかっていた。「私の人生は、交換日記を回されない人生なんだ」と。ショックだったし屈辱すら感じたけれど、三周目に到ればもう悟りの境地だった。(これは大人たちに知ってほしいことなのであるが、大人なんかより子どものほうがずっと悟りの近くにいるのだ。大人たちが忌み嫌い跳ね除けようとする「絶望」や「孤独」と、子どもはそもそもずっと昔から親しい。)

 四週目、廊下の掃除が終わって教室に戻ると、ノートが私の机の上にあった。
いろんな子どもたちに触られ、広げられ、丸められた痕跡のノートが、よそよそしくこちらを見ているようだった。
「わたしは、あなたよりみんなのこと知ってますから」
とでも言いたげに。
「出せきばんごう11ばん きりさわたえ らいしゅうのうんどう会では大たまころがしがやりたいです。」
 慎重に、「あれ?こいつ初めてじゃね?」と思われないように、ちょうどいいつまらない文章をちょうどいい筆圧で書いて、そっと後ろの草野くんのテーブルの上に置いた。
 ノートは翌週かその次くらいでページなくなり、交換日記が終わった。「もうみんなすっかり仲良くなったじゃない」とにっこり笑った担任の顔。わたしの気もちなんて、ぜんぜん知らないくせにと、まだつやつやの机の上を睨んでいた。教室は湿度が高く、机から甘いような木の匂いが立ち昇っていた。

 長くなったが、そういうわけで「私にはバトンは回ってこない」だろうと当たり前に思うようになった私に、当たり前にバトンを回してくれた親友のユカコに感謝したい。きっとあの時、廊下の掃除を終えて教室に帰ってくる前に、私の机にノートを置いてくれたのもユカコだった。私とユカコは違う小学校なので、そんなことは現実にはありえないのだが、それでもその子はユカコなのだ。

 私の人生は、交換日記を回されない人生だけど、友だちがいる。それでじゅうぶんだなと最近は思う。

<7日間ブックカバーチャレンジ>
◆江國香織『つめたいよるに』
◆ジェリー・スピネッリ『Stargirl』
◆スーザン・ソンタグ『良心の領界』
◆柴田亜美『ドッキンばぐばぐアニマル』
◆さくらももこ『憧れのまほうつかい』
◆伊集院光『のはなし』
◆大久保亞夜子『奇的』

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