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ゲルでカメラオブスキュラを作りたい

2021年の年末頃だろうか、「部屋をカメラオブスキュラにしたい」という気持ちが沸々と湧き上がってきた。遮光した部屋の中に小さな開口部から差し込む光により、外の景色を反転して映し出す写真術の原理(Camera(部屋) Obscura(暗い))となる仕組みだが、自宅の部屋のみならず、出先の室内で、窓から外を眺めては、外の景色を背後の壁面に倒立像として映したらどんなふうになるだろうと想像するようになった。

カメラオブスキュラの原理

コロナ禍のご時世で、外出の頻度が激減し、部屋の中に籠る生活が予想以上に長引き、これからも続くであろう状況が常態化する中で、オンラインで講義をしたり、イベントに参加したり、打ち合わせができるという利便性は有難いとも思うけれども、色々な場所に赴いて人と直接的に接し、コミュニケーションを求める気持ちは以前よりも強く、より切実なものになっている。「部屋をカメラオブスキュラにしたい」というアイデアは、室内に籠もった状態で、そこから見える世界の倒立像と自分自身を重ね合わせ、今ここにいるという、外の世界との関係や繋がりを感じたい、という願望の表れである。

風刺画家のJ. J. グランヴィルの作品 Les Metamorphoses du Jours

現在多くの人が抱えているであろう、周囲の環境、人間関係から隔てられ、遮断された環境に置かれることによって生じるストレスや心理疲労は、甚だしいものがある。コロナ禍以前の「元の生活」の状態に戻りたいかと問われると、それは無理だろうし、そうはならないように世の中は変容していっている。講師業をする自分の経験に照らし合わせて言うならば、オンライン形式の講義に慣れ、室内に集められた受講者に講義をする「対面授業」の形式から2年以上遠ざかった今となっては、受講者を時間割で拘束したり、同じ方向に座った状態で話を聞かせることにそもそも意味があることなのか、と考えることもある。しかし、人数としてしか表されない見えない受講者に対して一人だけしかいない部屋の中で話し続けるのは、精神的に疲労を伴い、終わる度にぐったりとしてしまう。講義終了後にzoomの参加人数が減り、最後に「退出」ボタンをクリックする瞬間に抱く寂寥感には慣れてきたとはいえ、正直なところ未だに苦手だ。

マスク越しではない状態で、親しい人と会って他愛ない話をしながら過ごすことや、一つの空間に多くの人が一堂に会することが叶え難いという現状を踏まえた上で、「他者と共に空間を共有して、協働して何かをしたい」という課題を自分なりに解決する方法になるかもしれないと思い導き出されたのが、「カメラオブスキュラを作る」というアイデアである。

なぜゲルなのか

比企の丘キッズガルテンの厩舎に立てかけられたゲルの柱

表題を「ゲルでカメラオブスキュラを作りたい」としているように、私が今カメラオブスキュラを作りたいと思っている「部屋」は、家畜と共に移動しながら生活するモンゴルの遊牧民のテント型住居の「ゲル」である。日本にゲルがあるの?と思われる向きも多いかもしれないが、ゲルを利用した滞在施設や輸入したゲルをレンタルする会社もあるようで、遊牧民族の生活文化に結びついた「移動式住居」には、キャンプ用のテントとはまた違う魅力を感じて、惹きつけられる人がいるのも頷ける。私がゲルと出会ったのは、2020年の秋から折に触れて訪れている、埼玉県比企郡にある比企の丘キッズガルテンである。この牧場では、よりたかつひこさんが代表理事を務めるこの牧場では、定期的に「ECFoL (Equine Centered Form of Life:馬を中心とした暮らしの型)」の勉強会が連続で開催されており、コロナ禍の緊急事態宣言期間中で何度か開催が延長されているものの続けられている。私は、スケジュールの都合がつく日には、その勉強会に参加し、馬を通して認知のあり方、生活、社会、組織のあり方などさまざまなことを学んでいる。
馬に触れて感じたことについては、以前別の記事で書いているので、お読みいただければ幸いである。

この一年半ぐらいを振り返ると、この牧場を定期的に訪れ、馬やほかの動物(山羊や猫、犬、鶏、烏骨鶏など)に触れることで、コロナ禍の閉塞した都市空間の生活環境から一時的にではあれ逃れることができ、澄んだ空気を深く吸い込み、日の光を浴びることで、なんとか心身の調子を保とうとすることができたと感じている。生き物、自然に触れるということをちゃんとやっていないと心身ともに壊死してしまうし、この牧場の存在には随分救われてきたように思う。牧場は名前が示すように、丘の上にあり丘の傾斜面には農地、果樹園が、坂を下った辺りに貯水池を見下ろすことができる。この丘の上から暮れていく空の色を眺めながら、この空と動物たちの存在を自分の内側に留めておくことはできないものだろうか、と考えるようにもなっていった。


牧場長の王恵楽さんに、牧場にあるゲルを組み立てることはできるのか、もしできるのであれば、カメラオブスキュラにしてみたい、という旨のことを伝えたら興味を持ってくれたので、1月になって早速実験してみようということになった。(王さんについてはこちらのインタビューをどうぞ)


ゲルを組み立ててカメラオブスキュラにする前の調査・準備段階として、牧場からどのような景色が見え、カメラオブスキュラの中に映り得るのか、ということを確認するために、まずは事務所の建物の窓を塞いでみようといくことになった。よく晴れた日の午後、写真家の鈴木悠生さんとともに牧場を訪れ、牧場近くのホームセンターで入手した段ボール箱をバラして窓を塞ぐ。段ボールの継ぎ目から光が漏れるので完全に遮光するのは難しかったが、それでもなんとか丘の下の景色と空を、持参した使い古しのシーツの上に映し出すことができた。午後3時前後の、夕方になる前の冬の光と雲の影が薄いシーツを染める。

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古いシーツに空と丘が映る シーツを持つ王さんと鈴木さん

遮光の段取りがあまり上手くいったとは言えず、光線の角度の変化と建物の位置関係とが掴みきれず、調査・準備として成果が得られたかというと覚束ない部分もあるが、倒立像が映し出される時の驚き、眼下の貯水池の水面の煌めきがシーツの片隅に見えた時には、三人揃って「綺麗だなぁ」と声が漏れた。自分たちが今いる場所の光が見えることの簡素で深い、喜び。

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空の映ったシーツの上に猫(ツッキー)が走る

遮光の作業の間、始終まとわりついていた猫たちは、自分たちの居場所の様子がいつもと違うことに感づいていたのだろうか。空の映るシーツの上を走る様子は、天空をかける異界からの使者のようでもあり、光の明暗が出現させる景色はなかなかにドラマティックなものだなぁ、と思った。
ゲルのカメラオブスキュラ化には、まだ道半ばというか先が遠いような気もするが、追々綴っていこう。



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