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金サジ展「山に歩む舟」 劇場型写真のカタルシス

京都新聞 2022年11月5日掲載

劇場の緞帳が上がって、異世界が広がるようだ。
金が学生時代から制作し続けてきた、神話や寓話のような写真シリーズ「物語」の最新作だ。
 『永遠に歩く人々』は、山の中を20人近い一群が流浪する場面。CG合成されたように見えるが、モデルに衣装やメイクを施して野外ロケで撮影したものだ。照明を強く当て、「昔の特撮のように、あえて違和感が感じられるように」人物をドラマチックに浮かび上がらせた。ポーズや表情も細やかに演出されている。着のみ着のまま逃れてきたような人々の姿は、時節柄、紛争や災害の難民を連想させるが、放心した表情の男がいる一方で、毅然と行き先を見据える少女がいて、楽しげに戯れる子供たちもいる。

「悲劇的な状況というよりも、動乱が起きるたびに人は動いてきた、という歴史を描きたかった。世界に戦が絶えなかったのも、人間の生命力のゆえかもしれない」と金。そんな中でも、女性が生命をつなぎ、子供たちが未来を拓いてきたことを、作品は暗示している。

 「物語」シリーズを制作した始まりには、理不尽な人間関係への怒り、悲しみがあったという。赤と青の衣装をつけた双子の連作には、金の在日三世としての複数のアイデンティティが投影されている。静物写真に頻出する刃物は、鉄が人類に文明をもたらし、また人を傷つけてもきたという両義性、切ることで生じる分断を象徴する。

 直裁な表現には生理的、身体的な感覚が揺さぶられる。が、そこに金自身のパーソナルな物語と、人間の生という壮大な物語との接続が見えたとき、人は個人でありながら、みな人類史の大船に乗っているのだと気づいて、安堵と諦念に心が鎮まる思いがした。演劇が担ってきたカタルシスを写真にあらわした労作だ。

P U R P L E=油小路通御池下ル、14日まで 入場料5 0 0円)


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