2019/11/18

前回犬の病気に関する記事を書いた。その続きを書く。

前回の記事を書いてから10日後、朝の4時20分、犬が息を引き取った。

その日わたしは友人たちと出かける約束だったが、犬の調子が悪そうだったのでキャンセルさせてもらった。友人たちは犬に会いに来てくれた。犬は、あまり動かなかったものの嬉しそうだった。その午前中には親戚が来ていたがそのときも機嫌よく親戚に寄っていき、可愛らしく座っていた。普段とも変わらないようにも見えた。それでもなんとなく様子が違ったので、その日は普段以上に近くにいた。いつもなら、電気を消しても犬は寝ず、朝の4時ごろまでは起きている。寝入ったのを見届けて私も眠るのが、そのころの日常だった。いま思えば、その日に出かけるのをキャンセルしたのは正解だった。その日に出かけない代わりに会いに来てくれた2人にはとても感謝している。すごくうれしかった。

3時半を過ぎて、ふと、嫌な感じがして、部屋の電気を付けた。犬は普段と同じように伏せをしていて意識はあったけれど、苦しそうだった。横に座って様子を見ていたら、4時過ぎに犬が「うーん」と大きく唸り息が変わって私は犬を抱き上げて家族を呼んだ。鼓動が伝わってきて、まだ犬は生きていたけれど全身から力が抜けていてぐにゃぐにゃしていた。どんなに呼んでも犬は反応せず、そのまま息を引き取った。しばらく抱いたまま名前を呼んだけれど、もう何の反応もなかった。体はまだ暖かいのに。

家に遊びに来てくれたひとたちが可愛がってくれたおかげで、とても人間が好きな犬だった。また病気になってからは多くのかたが心配して声をかけてくれていたので、元気だったころの写真と共に、Instagramで状況を知らせる投稿をした。それを見て連絡をくれたかたもいて、とてもありがたく思っている。しばらく泣いた後に、前に飼っていた犬を火葬してもらったところに連絡をした。夫は仕事へ行き、母と妹の3人で、犬を連れて行った。

「ビーグルって子供のころ本当に怪獣ですよね、ほんっと大変」と、火葬場の人がビーグルについて語っていた。彼もビーグルを飼っていたらしい。そう、可愛い見ためからは想像もつかないくらい怪獣だったので、3歳くらいまでは頻繁にとっくみあいのけんかをしたものだった。ドッグランに行って他の犬と乱闘して連れて帰ることも多々あった。とてもかしこいものの気が強くて手を焼いた。それがたくさんの人と接するうちに年々穏やかに変化しここ数年はとてもやさしい犬に変わった。これからまだまだ楽しい日が続くと考えていたのに。今でも悪い夢を見ているような気がする。

夏に会社の閉鎖が決まり、私は10月から失業状態にあるが、犬の介護をするために仕事は探さず、家にいる。1か月半、たまに出かける以外は、ずっと一緒だった。亡くなる数日前に深夜に帰宅したら吠えて怒って、普段ならば少し離れて眠るのに、なぜか私の上で寝ていた。もう終わりが近いことに、気が付いていたのかもしれない。

1か月経った今も泣かずに過ごせる日は少ない。それでもこういうものを書いているのは少しでも忘れたくないからだ。どんなにそう思っても私の記憶は脆く、アウトプットしないと忘れていく。その代わり一度文章にしたものは決して忘れない。

家に来たばかりのころ、よく座椅子に座ってテレビを見ていたこと。乳歯が抜けて家のあちこちに落ちていて、それを拾い集めたこと。噛み癖がひどくて、トレーナーや動物病院、ドッグラン、警察犬訓練所に相談したこと。怒ると耳の裏が真っ赤になったこと。最近に感染して黒い耳垢が出て毎日動物病院に行っても治療中ずっと我慢してたこと。動物病院の先生に、よく「可愛い顔だなあ」と鼻をつつかれていたこと。大学病院で入院したのが嫌すぎて、診察室に入るなりドアから出ようとおしりを向けてお座りしていたこと。こたつが好きだったこと、だっこが大好きだったこと。初めての室内犬で想像の100倍くらい大変だったけど、家の中に犬がいるのが本当に毎日うれしくて幸せだった。すべて忘れずにいたい。

いま私は犬を置いていた場所で1日のほとんどを過ごしている。少しずつ、少しずつ、涙を流す時間は減っている。いつかは泣かずに思い出せる日が来るだろう。そして、私はきっと、また犬を飼うだろう。前回の犬は看取れなかったことを壮絶に悔やんだが、今回は腕の中で看取ることができて、それを幸せに思っている。最後の瞬間まで一緒にいたことを。

犬の寿命は犬種にもよるが10数年前後。犬を飼えば、また失う痛みを味わう可能性が高い。それでも犬と共に過ごす日々は素晴らしい。犬が私と一緒に過ごした時間を同じように思ってくれていればいいなと、今は心から願っている。

メラノーマは想像以上に予後が早い病気だと学んだ。もし、いま、メラノーマの犬を抱えている飼い主さんがいたら、残りの日々が1日でも長く穏やかで幸せでありますように。

TwitterやInstagram、Facebookでつながっているひとたちにも、たくさんたくさん遊んでもらったし、犬が病気になったあと勇気づけてもらった。おかげで私は犬が生きているあいだ、ほとんど泣かずに過ごすことができた。飼い主のメンタルが弱ると犬にも良くないと聞いたから、私は強くありたかった。周囲の人には心から感謝している。ありがとう。


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