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奇跡

1メートルほど離れた場所で、犬が苦しそうに寝ている。呼吸が荒い。もう食事をするのにも苦労している。昨日と今日、2日かけて、ようやく半日分のドッグフードを食べた。排泄時も苦しそうにしている。1日のほとんどを寝て過ごしている。起きているときは静かに私を見ているか、足元に来て、座っている。10月から私は働いていないので、可能な限り一緒に過ごして、夜も同じソファで寝ている。明日も同じような穏やかな日になるよう願いながら、朝4時ごろ、私も眠る。

病名は、悪性黒色腫。

悪性黒色腫(メラノーマ)は色素(メラニン)をつくる細胞のメラノサイトが癌化した腫瘍です。
メラノーマは皮膚と粘膜の接合した部分に発生することが多く、ワンちゃんでは女の子より男の子の発生が多く、体では口の中の発生が多いことで知られています。(みんなの動物親子手帳

腫瘍の発生に気付いたのは2月、すぐ検査を繰り返したが地元の病院では対処ができず、大学付属の動物病院へ。そこで3月に手術し、抗がん剤を飲ませていた。9月にレントゲン撮影で複数の転移が確認され「もう手の施しようがない。数週間以内に急変する。覚悟してください」といわれ、実質的に治療は終了した。今は食事ができないときに、地元の病院で点滴や注射をしてもらっている。まだ11歳。病気にならなければ比較的ビーグルの寿命は長い。とても残念で仕方ない。いつか来る日を、犬と一緒に静かに待っているような毎日だ。

昔、上司が、海外旅行のお土産にボージョボー人形をくれた。2年ほど前に愛犬をなくしていた私は、人形に「飼うべき犬に出会いたい」と願った。しばらくして、ある店に買い物に行ったとき、人形のストラップが切れて、床に落ちた。普段その店では犬を扱っていない。しかし、ちょうどイベントで店内に犬がいた。私が探していたのはビーグルだった。そしてイベント会場にはビーグルの檻が。ところが、犬が入っていない。「売れたのですか」と聞くと「うるさすぎて裏にいます」との返事だった。犬を見せてもらった。とても可愛い顔をしていたが、もう見るからに「ワル」だった。上の写真を見てほしい。可愛いが、悪い顔だ。「この子は売れない」と思うくらい子犬なのに凶暴だった。そうか、この犬なのか、と思って家族を説得して、飼うことになり、「漣」と名付けた。どういう子犬時代だったのか、とにかく噛みぐせがひどくて、毎日泣かされた。格闘の日々だった。

噛みぐせが治ったのはドッグランに通い始めてからだ。すでに3歳だったが基本的に私には懐かず、同じような状況の飼い主さんと「つらいね」という話ばかりしていた。毎週のように、どこかの犬と乱闘して噛まれる漣。何度助けに走ったことか。それでも懐かないので、「もう懐かなくてもいいや、可愛いし。噛まれるの私だけだし」みたいな気持ちでいた。ところが、ある日、遊び疲れた漣が、だっこをせがんできた。それきり噛みぐせが消えた。

やんちゃでいたずら好きな性格は変わらないけれど、漣は、とても良い犬に成長した。犬にも人にもフレンドリー。ものすごく吠えるけど、これでも、ビーグルにしては吠えないほうだといわれる。私も、そう思う。

悪性黒色腫と確定されて手術をしたころ、とても落ち込んだしつらかった。「予後の悪い病気だ。長くは生きない。確実に転移する」どの獣医さんも、おなじことをいった。そして実際、手術から半年ほどで、転移した。

そんなタイミングで、勤務先の閉鎖が決まった。悪いこと続きすぎて、もう言葉にできないほどに落ち込んだものだ。ただ、結果的に失業のおかげで、いま毎日犬と一緒に過ごせている。人生何が幸いするか本当に分からない。

今は、確定診断当時ほどには、泣くこともない。泣いても状況は変わらないからだ。そんな暇があったら、犬と楽しく過ごしたほうがいい。

毎日、ひたすら「可愛い」と褒めている。毎晩寝る時には、1日頑張って過ごしたことを褒め称える。明日が来るように願う。何度も何度も夜中に呼吸を確認しながら夜明けを待つ。夜が明けたころ、熟睡した犬を見ながら眠りに落ちる瞬間を、とても幸せに感じる。それほど暗い気持ちではない。毎日が奇跡のようだと思うからだろう。

前の犬を失ったとき、私は激務な日々で、寝たきりの犬とそれほど一緒に過ごせなかった。最後に何日か玄関で一緒に寝た程度だ。その犬に対しては、後悔だらけだ。その後悔を漣で繰り返さないように、いろんなことをしてきたし、今もしている。それでも最後にはいろいろ後悔するのだろうな。

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ごはんが食べられないので、随分と痩せたけれど、まだまだ可愛い。ジャンプ苦手でソファに上手にのぼれないところも、いびきがうるさいところも。全部が愛おしくて「やっぱり犬はいいなあ」と思う。

この記事では、愛犬自慢もしているけれど、私は何よりも「悪性黒色腫(メラノーマ)」の怖さを伝えたい。発症の原因は定かではないとされているので防ぎかたは不明だ。しかし早期発見すれば早期治療できる。口のなかや、つめのあいだに出来やすい。ときどきチェックしてあげれば異変があったらすぐ気付けるはず。日ごろから犬の体を触るのも大切だ。しかしこれは私も毎日していたこと。口の中にできた場合、口臭が強くなったり、水を飲む量が増えたりする。普段と違うと感じたら、まず病院に行くことを強く強く、心からすすめたい。

いつか、この病気の原因がはっきりして、完治する確率が上がってくれますように。少しでも、完治する犬が増えますように。そしてうちの犬が奇跡を起こして、苦しむことなく長生きしますように。

そんなことを心から願っている。

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