『韓国ノワール』本を書いたあとの話その1

『韓国ノワール その激情と成熟』を執筆した後に、いろいろそこから先のことを思うようになったので、雑感を書きます。

まず私は「韓国ノワール」についてまとめるなら、もう今のタイミングが最後というか、しばらく適したタイミングはないのではないかと思っていました。なぜなら、コロナ禍以降の韓国映画は、今までの十数年とは違ってきていて、「韓国ノワール本」の中に書いたような流れは、一回、終わっているように思うからです。

もっとも顕著なのは、「韓国ノワール本」の最後に私が力みながら書いているような、ポリティカル・ノワールへの関心はひとまず終わって、もうそんな映画はほぼ作られていないからです。

今のポリティカルな作品の流れという意味でいうと、ソン・ガンホ主演の『弁護人』あたりが最初で、その後『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』へと続き、ノワールのジャンルでも『KCIA』や『工作』『キング・メーカー』など、歴史と並走した作品が作られるようになりました。

こうした作品が作られていたのは、こういう作品を作れば、見に来る人もたくさんいて、コロナ禍に入る前であれば、1000万人も夢ではありませんでした。

ただ、コロナ禍になって一変。2013年に年間の観客動員数が二億人(一年にひとり4回映画館に行く)状態が続いていましたが、2020年には、一年間にひとり一回映画館に行く状態へと変わってしまいました。これまでに撮っていた大作映画なども、いつ公開するのかのタイミングを見たりしながら現在を迎えたという感じかと思います。

今年の夏は大作映画の公開が目白押しですが、もはやポリティカルな作品はなくて、ソル・ギョング、ド・ギョンス(D.O)、キム・ヒエが出演で宇宙を舞台にした『ザ・ムーン』や、 イ・ビョンホン、パク・ソジュン、パク・ボヨンが出演で、大地震が起こった世の中を描いた『コンクリートユートピア』などが公開されます。

ソル・ギョングやイ・ビョンホンは、数年前なら『KCIA』や『キングメーカー』に出ていた俳優ですが、今はこうした宇宙ものやディザスター映画に出ているということは、今、一番力を入れているのがそういう作品だからと考えていいと思います。

よく聞かれるのが、「韓国は、国内目線ではなく、海外向けに企画が練られているんですよね?」ということです。映画に関して、コロナ禍までであれば、私はそれな「NO」だと答えていました。

なぜなら、2013年からコロナ禍までの韓国は、一年間に一人が4回映画館に行く状態が続いていたし、しかも脚本が練られていて、見ごたえがあるものがおのずと観客動員数が伸びる状態だったのです。内容もいいし、主演俳優もトップスターなのに、なぜかコケてしまう…などというものが、(日本の現状からすると)なぜか少なかったのです。

ただ、コロナ禍を経てそうとも言えなくなり、現在、1000万人を超える観客動員数の映画は、マ・ドンソクの『犯罪都市』シリーズだけ、という状態になりつつあります。もちろん先述の『ザ・ムーン』や『コンクリートユートピア』がそれを覆してくれるかもしれませんが。しかし、少し前に、ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ドヨン、キム・ナムギル、イム・シワンというトップ中のトップスターが出演した大作の航空パニック映画『非常宣言』が時期的なものはあるにせよ、思ったほどは見られなかった(というか200万人であった…)ということもあるので、ふたを開けてみないとわかりません。

もっというと、私は韓国映画に、こうしたパニック映画系の大作を求めていないところがあります…。もしかしたら、大作映画は、海外でも受ける、韓国国内では損益分岐点が超えられないから、これくらい大きな作品が海外で受けるんだ、買い付けされるんだと思っているところがあるのかもしれないけれど、もしかしたら韓国映画に求めているものとは違うというところもあるかもしれない。

2013年から動員数的にも面白さでも右肩上がりであった韓国映画は、ちょっとまた違うステージに来たのかなと思っているところです。

実際、今年の韓国の映画館の動員数は、先述したようにマ・ドンソクの『犯罪都市』の三作目が1000万人を超えたものの、それ以外でヒットしたのが、実は『THE FIRST SLAM DUNK』が400万人超え、『すずめの戸締り』が500万人を超えたというのが、どういうことかわかると思います。

最近、日本の記事でもちょいちょい取り上げられていますが、韓国は空前の「ヒーリングブーム」。韓国映画の企画を見ているだけでは、韓国にヒーリングブームが来ていることは日本からは見えにくいものがありますが、ここ数年、韓国のエッセイや、韓国ドラマを見ていると、いかに韓国の若者が疲れていて、癒しを求めているのかがわかります。

次は韓国の「ヒーリング」についての雑感も書きたいと思います。

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