ふたつの国の 知のインフラ

 青森県八戸市の八戸ブックセンター(以下八戸BC)は市営の書店であり、New York public library(以下NYPL)はNPO運営の図書館である。国が異なる為運営側の観念が異なるものの、いずれも一般企業ではなく多くの行政資金を元に運営されている、いわば「公的」な場と捉える事ができる。
昨今の日本では、太田市図書館・美術館など行政運営下の図書館を改修し、運営に際して民間企業と連携して従来の図書館にはなかったサービスを提供している公的な場が増えてきている。
八戸BCのコンセプトは「八戸に本好きを増やし、八戸を本のまちにし、新しい本のある暮らしの拠点」である。市長が掲げた「本の街」構想を発端に、減少の途にある書店の価値を改めて再認識することができる拠点となっている。
NYPLは、1911年の本館施工から始まり分館を増やすにあたり、アメリカの資産家アンドリューカーネギーの寄付によって支えられてきた歴史がある。氏の父親が社会における図書館の重要性を唱えていた影響から、NYPL図書館への寄付に至ったという。「Library for the people」図書館は人々の為になくてはならないという信念を基に現在の規模にまで発展するまでの寄付が継続された。
八戸BCとNYPLのどちらにも共通していることは、公的要素のある拠点の存在による地域社会への貢献、本から人間が知を得、いずれは社会貢献に繋がっていくことへの期待である。
しかし、公的資金で運営されている施設として気になるのは、人々にどの程度還元されているのか、または理解を得ているのかである。
まず、八戸ブックセンターは市内の小学校と県立特別支援学校商学部の生徒に対して、2000円分の「マイブッククーポン」を配布している。市内の13店舗の書店で書籍購入時に使用できるチケットであり、本の普及に貢献しながらも、市民への還元を行っている。
また、通常の書店が行う「本の取り寄せ」は行わずに周辺の書店へ情報を共有し、取り寄せを促すことで、地域にある書店への経済効果も担っている。
作家への支援も行っており、八戸の作家として登録することで施設内にある「缶詰ブース」と呼ばれる、執筆に集中できる部屋を無料で貸し出している。
また、専門家からの出版に向けたアドバイスなど作家活動に有効となるサポートを行うことで、八戸市発の作家の産出を応援している。
NYPLは、様々な分野や業界の最古のものから最新の情報をデータベース内でアーカイブされ、それらを無料で閲覧または印刷することが出来る。膨大なデータを検索時には専門性の高い司書がサポートしてくれる。
また、毎日のように様々な分野のビジネス講座や語学レッスン、学校に通学できない子供が学習できるスペースや学童代わりのスペースなど、数えきれないサービスが無料で受ける事ができる。
ジャーナリストの菅谷明子著の『未来をつくる図書館』では、NYPLがもたらす効果をこのように述べている。
(1)組織の後ろ盾をもたない市民の調査能力を高める、(2)新規事業の誕生を促し、経済活動を活性化させる、(3)文化・芸術関連の新しい才能を育てる、(4)多様な視点から物事を捉え、新たな価値を生み出す、(5)コンピュータを使いこなす能力をはじめ市民の情報活用能力を強化する。
社会の急速な変化に対応する人材育成の為には個人が能力を身に着け、その能力を行政が引出していくことが国の発展であるとし、図書館を「知のインフラ」と表現している。
このように、両者は図書館と書店という異なる業態であるにも関わらず、向かっている方向は「人を育てること」であると言える。本を媒体にし、地域を活性化しつつも未来に向けた人材育成を行う行政を超えた取組ではないだろうか。
 翻って、両者の課題は運営資金の調達である。NYPLはチャリティを募るために晩餐会やセミナーを開き、寄付することへのキャンペーンを事欠かない。2019年の収支では収入のうち約33%、八戸BCではふるさと納税を通じた寄付で同年度で約15%が寄付金である。両者ともに支援者へ還元するという考えを強く持っており、その姿勢を各サービスへ反映している。
NYPLは本館の他に88の分館と4つの研究館を持つ。各館には異なる役割があり例えば金融街として有名なウォールストリートにあるSIBL(Science,Industry,Business Library)では、仕事後に参加できる時間帯の講座を多く設け、起業や経営、キャリアアップなどの様々なサービスを提供しているのは、地域から多くの支援を受けており、ニーズに応える形で還元していくという考え方である。
八戸BCはコンセプトに則り、本を媒介して街の振興と人材育成として還元している。
両者は非営利であるものの、行政からの資金の割合から情勢などによっては運営に影響がでる可能性は十分にある。知のインフラの存在は永続性があるべきだと考えると、利用者を増やす事も必要不可欠な要素ではないかと考える。前者は2019年に電子書籍レンタルサービスを開始しより利用者の利便性に応えている。これにより、世界中から現地に脚を運ばずに資料を借りる事ができ、利用者数の増加の一助になるのではないかと考える。後者はまだ電子書籍の取り扱いだけでなく、インターネット販売も設置していない。今後の国内の人口減少を考えるとインターネットプラットホームの構築は必要不可欠ではないだろうか。さらに、地域の歴史や文化遺産のデジタルアーカイブ化の促進によって地域特性の強化が必要だと筆者は考える。
インフラというのはその構築によって様々な物事が成長していく存在である。始めは1本の木だったものがその木を植えたことで土壌が浄化され、鳥や動物が集いいずれは大きな生命体が形成される。
これらの知のインフラは人の知で豊かな未来が形成されるかもしれないという大きな夢を多分に含んでいる。

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