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遠い昔 ことばがなかったころの〈7〉

石さん、
少し聞いていただけますか?
そう思って、さんぽの途中、
角を曲がって来ました。

けれど、
話したいことがまだまとまらなくて、
いったん通りすぎました。
歩きながら…
考えているところです。

……………………………

3人は小学校の頃からの友達でした。
3人のうちでは1番早く、
数ヶ月だけ先に誕生日がやってくる彼女。
この間、先に空へ旅立ってしまいました。
のんびりしゃべる3人なのだから、
そんなに急がなくてもよかったのに。

彼女は、
電磁波が体に悪い影響を与えてしまう病でした。
足に痛みを感じるようになり始めたのは、
17年くらい前だったでしょうか…。
病院へ行っても良い対処法が見つからず、
慣れない土地での子育てや、
家庭のいろいろな問題と体の痛みを
抱えながらの日々でした。
けれど、私達3人で会う時は、
いつもにこにこ。
会う時、私がしたことは、
スマホの電源を切ってカバンの中にしまう。
それくらい…。
「こうやってお茶しながら話すのが、
私には1番のストレス解消法だよ」
にこにこ楽しそうな彼女に、
こちらは彼女が抱えているその痛みを、
忘れてしまうくらいでした。

先日、友達とふたりで、
ご実家にお線香をあげに行きました。

「最近の写真がなくて…」
お母様が仏壇を見ながらおっしゃいました。
「私達も撮っていないものですから…」
そう、彼女と一緒の時は出来る限り、
電磁波の出るものを遠くに。
それが私達のできる唯一のことだったから、
スマホに3人で写った写真は、
1枚もないのです。

「私達にできたこと、
もっと何かあったかな…」
お線香をあげた帰り道、
友達がつぶやきました。
「もっと会っておしゃべりできたら…」
私もそれだけしか思い浮かばなくて。

「また会おうね」
スマホの中に残っている最後のメール。
お手紙も書いたのだけれど、
年に数回送ってくれるメールにも、
「無理しないようにね。
頑張らなくていいからね。
もう十分頑張ってるからね」
あれこれ長々と返信を送って
しまって…。

「私、いつも長文返しちゃって…」
「私も…」
「でも、読むのきっと大変だったよね、
痛かったよね…」
「ついつい励まそうと思って…」
「うん、うん…」
ふたりとも同じことを…。

ああしたらよかった、のに。
こうしたらよかった、のに。
あれをしなきゃよかった、のに。
こうしなきゃよかった、のに。
のに、のに、のに…
「のに」はたくさんあるのです。
しなかったことにも、
したことにも。

大きすぎる力の前で、
電磁波のあふれる今の世界で、
友達ふたりができたこと…
何か、できたこと…

「あの子はもうこの世界に、
生きていける場所がなかったのだと思います」
お母様が、そうおっしゃいました。

石さん、
人間の世界は、今、
電磁波がないと成り立ちません。
彼女は新しい洗濯機には、
痛みを感じてしまうので、
この頃は手で洗濯をしていたそうです。
昔はでも、それが当たり前でした。
みんながまた手で洗濯をしても、いい。
みんな縄文時代に、戻ってもいい。
もっと前だって、いい。
ほんとうは、そう思います。
けれど、現実は、
電磁波を使っていなかった頃の世界には、
戻りたくても戻れないんです、
これからはもっと。
遠い昔、ことばのなかった頃には、
戻れないんです。たぶん。

電子レンジも洗濯機も、
スマホもSNSもオンラインショップも、
とても便利で、私は今、助けられています。

石さん、
だからどう言ったらいいのか、
言葉が見つからなくて、
石さんのところへ向かいながら、
考えています。

生きている間中、
きっと、ずっと、この先も、
考え続けるだろうと思うのです。
電磁波のある世界で、
生きられる場所をなくしてしまった友。
電磁波のある世界で、
それに助けられながら生きる自分。

「あの子との楽しい思い出を持って、
生きていってくださいね」
帰り際、
お母様がそうおっしゃってくださいました。

最後に彼女に会った時、
私は「こんなもので何ですが…」
と言いながら、みいふう書翰便の包みを
渡しました。
すると彼女が言いました。
「なによりです」
アナログの紙の絵と詩のお手紙が、
今の時代に必要とされるんだろうか…
不安でいつもいっぱいだけれど、
彼女のその言葉がなにより本当だったこと。
結局私は、彼女にできたことは、
ほとんど何もなくて、
逆にいつもあたためてもらっていました。
「なによりです」
大切に持って、いきます。
たくさんの感謝とたくさんの楽しい思い出と一緒に。

絵はがき〈2017年6月〉

ああすればよかったのに
こうすればよかったのに
あんなことしなければよかったのに
こんなことしなければよかったのに

のに咲く花が満開です
私の野原いちめんに

けれど季節がめぐったら
のに咲く花は
どうか土にかえしてあげてください
どうか土にかえさせてください

ごめんなさいも
さようならも
こんにちはも
ありがとうも
養分にして

いつかやってくる
新しい季節のために

今度は
美しい花を咲かせるために

いつか
あたたかなまなざしで
芽吹きを見守ってくれる人がいたら
その人に
素敵な花束を届けられるように

さみしい誰かが 心安らぐ
野原になれるように

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