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緩やかに轢かれた話

交通事故とは怖いものだ。鉄の塊である自動車に、生身の人間がぶつかることを考えただけで身の毛がよだつ。こんなことは起こらないのがベストなのだが、僕が残念ながら経験してしまった話を記させて頂きたい。

事が起こったのは大学一年生の時であった。
その日の夜は凄まじい雨と風で、外に出ることすらはばかられるような悪天候だった。実際、通行人はほとんど居なかったように記憶している。
しかし、肝心の僕はというとショッピングモールの帰りを一人寂しく歩いていた。何故こんな日にそこまで買い物をしていたのかと聞かれるとはなはだ疑問だが、きっとのっぴきならない理由が彼にはあったのだろう。今となっては検討もつかない。もしかしたらどうしてもミスタードーナツが食べたかったのかもしれない。
だがその帰り道は本当に酷いものだった。雨と水溜まりにやられ靴はビショ濡れ、傘は豪風に振り回され続けていた。僕は被害を減らすためにリュックサックを前に掛け直し、傘を両手でガッチリとホールドすることによってなんとか歩みを前に進めていた。
さながら気分は台風なのに外に駆り出されるレポーターのようであった。ただ僕の場合はミスドが食べたくてこうなっている可能性すらあるので、情けなくて悲しくなってくる。
距離にして300mくらいであろうか、まるで永遠のようにすら感じていた旅路が交差点に差し掛かった時、事件は起こってしまった。

交差点を左折してきた車に衝突してしまったのである。

この瞬間のことはよく覚えている。
ふつう車側は歩行者を待たなくてはならないという絶対のルールがある。僕は車が来ている、申し訳ないと思いつつも亀のような速さで渡っていたのだが、この日は一味違った。
暗い夜道で真っ黒な服装に黒のリュックを前に掛け、真っ黒な傘を差しながら前屈みで進んでいた僕も悪いのだが、
減速こそしているものの車がそのまま左折してきたのだ。
その時の僕の心情と言ったら、
あ、車、白っ、止まんね、もしかするやんこれ
と一瞬で色々な事を思ったものだが、
何一つ役に立つことは思いつかず、車とぶつかり稽古をすることになってしまった。
車は十分に徐行をしていたので、押し返したら止まるものだろうと舐めてかかっていた。
しかし、人間一人の力では現代の怪力燃料ソリに敵うはずもなく、ゆっくりと押し戻され、
哀れなことに地面に仰向けにぶっ倒されてしまった。人間が科学の力に敗北した瞬間である。

放心状態になってしまった僕だが、すぐに運転手が様子を確認しに外に出てきてくれた。
病院に勤めているという若い女性だったので、軽くとはいえ人を轢いてしまったという不安は計り知れないものがあっただろう。病院に行きましょうと言う彼女だったが、軽傷であったし、大ごとになっても面倒なので、自分の家まで送ってもらうという条件で手を打ってもらった。
そこからの帰り道といえば、せっかく若い女性と2人きりのドライブだったというのに、、放心状態が尾を引いたのか何も思い出せないし、何かが起こるわけもなかったと思う。

とにかく、以上が大雨の日に僕に降りかかった災いの顛末だ。結局怪我も膝が少し赤くなるくらいですんだので、まぁ良しとしよう。
わかったことと言えば大雨の日には真っ黒な服と傘で出歩かない方がいいことくらいだ。
みんなは蛍光色のピッカピカのジャケットに反射板のタスキを掛け、横断歩道は右手を挙げながら渡って欲しい。
あといくら遅くても車に立ち向かえるなんて思わない方がいい。以上です。

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