世界を救わない女の子の話と預言を信じた男の子の話
●世界を救わない女の子の話
成長した賢くて繊細でものがわかりすぎる女の子は最近では滅多に人に会うこともなくなりました。大抵の時間は洞窟の周りで過ごします。森の奥で草や果実やキノコを摘みます。大地に寝転がって星と話しあいます。湧水の見せる地球の記憶を覗きます。
風が囁くときだけ小屋に帰り、訪れる人にアドバイスや薬草を与えました。
やってくる人が言うには、今、世界は大変なことになっているそうです。天災や疫病や信条の違う人たちの争いで世間は落ち着くことがないと。
女の子は思いました。それも仕方のないことかもしれない、だってこの世界はあまりにも内なる声も自然の声も聞いていないもの。目先の解決しか考えていないし、自然から知恵を学ぶということを忘れてしまっている。くだらない日常のことで頭を忙しくして己の内なる声も聞かない。それでは大いなる流れを読めるわけがありません。大いなる流れも知らずに国や集団の舵取りをしたらば間違うに決まっているのです。
女の子に相談に来た人は尋ねました。
「賢い森の人よ、どうすればこの世界は落ち着くのですか?」
女の子は答えました。
「あなた達、特にあなた達のリーダーは女性の意見を聞き、自然の知恵を学ぶ必要があります。そして静かな時間をもって己の内なる声を聞かねばなりません」
「では、あなたのような賢い人がリーダーには必要だと言うことですね!」
女の子は驚きました。
「いいえ、私でなくても女性と自然と内なる声を聞けばいいのです」
「いえいえ、普通の人は自然の声なんか聞けないし、混乱したときにのんびり内なる声を聞く時間なんかとれません。みんなはあなたのように自然の知恵なんかわからないんですよ」
相談に来た人はそういうと小屋の中をぐるりと見回しました。
小屋の中には女の子が摘んできた薬草、煎じた薬用シロップ、星の光を写した水の瓶、森で拾ったクリスタル、鳥の羽と紐で編まれた悪夢を捕らえるお守り、女の子が描いた動物やモンスターの絵、子どもと大人のため絵本などが整然と並んでいます。
「賢い森の人よ、街へ出てきて我らのリーダー、我らの王に会ってください」
女の子は首を左右に振りました。
「私は街へ行きません。必要があればあなた達の王は私を探しに来るでしょう」
「どうしてですか? みんなを助けると思って街へ来てください!」
「ダメです。私は街へ行きません」
女の子はキッパリと言いました。相談に来た人は肩を落として街へ帰っていきました。
○預言を信じた男の子の話
勇気があって純粋な男の子は丘の上でうなだれています。万策尽きました。街を、国を治めることはもう無理です。
自分の人生も破綻してしまいました。仲間も友人も婚約者も離れていきました。男の子の話に誰も耳を傾けません。誰も男の子に注目しません。体調は悪く右耳がうまく聞こえず左足と左腕は原因不明のしびれがあります。再起をかけるのにもお金も信頼もなく、王宮も追い出されてしまいました。もうこれ以上はどうしようもなくなったのです。
天を仰ぎ、男の子は大きく息を吐き出しました。
「何にもない。すっからかんだ。僕は空っぽだ」
誰も答えません。風が男の子の頬を撫でるだけです。
男の子はじっと日に焼けた自分の手を眺めます。この手でいろんなものを作り出してきました。そしていろんなものを壊してきました。
「何にも手に残らなかった」
感情はとうの昔に無くしてしまったので涙も出てきません。国を率いるために感情は邪魔でしたが、こうして無一文になってみると泣くくらい出来たらよかったのになと男の子は思いました。
「かつて泣きながら眠ったことがあった。みんなが喜ぶけど僕はリーダーであることが嬉しくなかった」
月光に照らされながら眠りについたかつての自分の胸の痛みを思い出しました。幼さゆえ他者の期待に応えることこそ正義だと信じ込んでいたのです。愚かな子どもだったなと男の子は苦笑します。
「もっと昔、泣きながら家に帰ったことがある」
男の子の脳裏に金の紙で作られた王冠と長い銀髪が浮かびました。
「大人から与えられた王冠にはしゃいで帰ったあの日、僕は銀髪の賢者に会った……なんで忘れていたんだろう!」
幼かった男の子の目には銀髪の背の高い怖いおばさんとしか映りませんでしたが、確かにあの銀髪の人は賢者でした。物乞いの姿から銀の賢者へ姿を変え、男の子に大切なことを告げたあと風に乗って姿を眩ませたのです。
男の子は立ち上がり、熊のようにウロウロその場を歩き回ります。
「そうだ、賢者は僕に忘れるなと言った……対になる女の子がいる、女の子に会え、その子に会うまでは決して成功はしない。失敗する!」
男の子は飛び上がって手を叩きました。「そうだ失敗すると言われて泣いたんだ! 女の子に会わないうちに動き出したら失敗する! 女の子を探し求めるよりも先に愚かな世間の期待に応えてしまうから!! なんて事だ、賢者の言う通りじゃないか!!」
男の子の目がきらきら光っています。年齢よりも10も老け込んでいたのが嘘のように男の子に活力が戻ってきました。
「こんなところで落ち込んではいられない! 対になる女の子を探しに行くんだ!」
続く
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