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癒しの泉を求める男の子の話

勇気があって純粋な男の子は病を治すための旅を始めました。かつての颯爽とした様子は見る影もありません。身体中が出来物に覆われ、しゃがれ声で、足を引きずりながら歩きます。

東の果ての森の賢い人に会えないかと森の端の村で1ヶ月粘りましたが無駄でした。あの日会えたのは本当に奇跡だったのです。

男の子は旅費にするために、あの日、森の賢い人に貰った薬を村の人に売りました。森の賢い人の評判はすごいもので、薬の一雫でいいから舐めてみたいという人が大勢いるそうです。

「この薬はそんなに効き目があるんですか?」

薬を買いとったおじいさんはうなずきました。

「なんか知らんがよく効くね。森の賢い人はワタシらの信じる心がそうさせてるんだって言うが、効くもんは効くんだ」

「信じる心がそうさせる……」

男の子の耳にはその言葉が強く残りました。

男の子の手に金貨をのせるとおじいさんは薬の瓶を懐に大事に抱え込みました。

「業病さんが横丁の婆さんに売ったお菓子も手に入れたかったよ。ひと月前、業病さんと知り合ってたらなあ!」

男の子は横丁の婆さんに拝み倒されて売ったナッツと無花果の焼き菓子を思い出しました。美味しそうでしたが、ごく普通のおやつです。横丁の婆さんが金貨と共にくれた布とナイフの方がよほど価値がありそうでした。

そして、おやつと薬を男の子の体にかけてくれた森の賢い人の様子を思い出します。意志の強さを感じさせる目とよく通る声、怪我の手当をする的確な動作。黙っていると賢そうな普通の女の子でした。

「この村の人にとって森の賢い人は大切な存在なんですね」

「奇跡の宝物さあ!」

おじいさんは言いました。

「奇跡の宝物ですか」

男の子はかつて故郷のみんなから自分もそう呼ばれたことを思い出しました。国のリーダーになる試練に打ち勝った時のことです。みんな心の底から喜んで三日三晩お祝いのお祭りを開いてくれたのです。いまの男の子を見たら街のみんなはどう思うでしょうか。がっかりしてため息をつくのでしょうか。



男の子はどんな病も治る泉があると東の街でききました。

「業病さん、あんたのような人が奇跡的に治ったことがあるそうだよ」

髪を一つにくくったおじさんは配給のスープを男の子に手渡しながらいいました。

男の子は配給のスープをありがたく受け取ると、髪を一つにくくったおじさんから詳しく癒しの泉の場所を聞きました。

痛む膝に顔をしかめながら男の子は立ち上がります。

「僕は癒しの泉に行かなくちゃ」

「業病さん一人でいくのかい?」

男の子はうなずきます。髪をくくったおじさんはあごに手を当て考え込みました。

「あそこまでは道が悪いから、あんた1人では心配だねえ。そうだ!」

おじさんは厨房の奥へ引っ込み、白い札を抱えて戻ってきました。

「この札を首にかけていきな。昔、この街に現れた賢者が巡礼の病人に与えたものだよ」

白い札には、[この人を助けることであなたは功徳を授かる。病人、不具の者、気が触れた者、知恵の足りぬ者はすべて天と地をつなぐ恵みなり]と書かれていました。

「業病さんの病が癒えることをお祈りするよ!」

おじさんはそういうと再び配給のスープを注ぎ始めました。


昔の男の子でしたらば癒しの泉までは10日もかからず到着できました。ですが腫れ物に覆われ、関節がきしむ今ではどれぐらいの時間がかかるでしょう。

男の子は歩いて大して時間もたたないのに休みたくなります。活力が復活したと思って歩き出すと途方もないだるさにおそわれます。膝だけでなく太股の筋肉も痛み出します。男の子は路肩に座り、道行く人をぼうっと眺めました。たくさんの壷をぶら下げた男、馬に話しかけながら歩く女、妹の手をひきながら歩く幼い兄。みんな自分のペースで歩きます。

男の子は配給スープのおじさんからもらった白い札を取り出しました。人の情けにすがって生きるのはいやでした。幼い頃から人を助け、問題を解決し、知恵や力をみんなに与えて生きてきました。男の子は自分自身を頼りになるリーダーだと信じてきたのです。

「でももう僕はリーダーじゃない」

兄の手を離れた小さな妹が勢い余って男の子の膝にぶつかりました。男の子は慎み深く顔を伏せ、身を縮ませました。業病にかかってわかったのですが、人は醜い出来物に覆われた人を身ると嫌悪感で顔をしかめます。人によっては何もしていないのに罵倒して石をぶつけてくることもありました。

はじめ男の子はそうした目にあったとき呆然としました。男の子には病人に対して嫌悪や嫌がらせをするという発想がなかったのです。ですが旅をしてわかったのは嫌がらせや嫌悪の表情を浮かべる人の方が一般的ということでした。この国では稀な流行病で多くの人が死にました。ですから民の心としては病の人に対しても警戒するのが当たり前なのでしょう。

「僕の病は移りません。ですが離れてください」

男の子はしゃがれた声で小さな妹に言いました。慌てて小さな妹の手を引き、離れようとした幼い兄は男の子の手にある白い札を目にして声を上げました。

「わあ!巡礼さまですか。ぜひお手伝いさせてください」

「おにいちゃん、どうしたの?」

「巡礼様はお助けすると功徳を積むことができるありがたい存在だよ。母さんの病が良くなるかもしれないから、お助けしようね?」

小さな妹は大きくうなずき、男の子の荷物を持とうとしました。男の子は恐縮して荷物を渡しません。幼い兄はひざまづきました。

「お願いです。ぼくたちに功徳をお与えください!」

男の子は幼い兄の必死な表情を眺めます。幼い兄は心の底から母親の病が良くなることを願っているようでした。男の子は白い札を首にかけるとこう言いました。

「わかった。荷物を持ってくれるかな?」


白い札の効き目は抜群でした。

幼い兄妹と別れた後は馬に荷車をひかせるたくましい女に声をかけられました。

「巡礼さま、空になった荷台に乗っていってください。うちの娘が安産になる功徳をお願いしますよ」

男の子はお礼を言って荷台に乗り込みました。そして心の中で思いました。僕に親切にしても功徳はあるかどうかわからない。白い札をじっと眺めます。ですが偉い賢者が書いたというこの札には功徳があるかもしれない。だから、僕はこれに従ってみよう。

続く。

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