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知らない女の人の中に入り込んだ女の子の話

賢くて繊細でものをわかりすぎる女の子は森の外へ旅立ちました。

風は街へ向かう女の子に質問をします。「どうして街へいくんだね?」

「私がやったことがないことをやるため、私が感じたことがないものを感じるため、私が考えたことがないことを考えるため」

風はため息をつきました。

「あなたの幸運を祈ろう」

「ありがとう」


東の街へ着いた女の子は大通りをずんずん歩いていきます。普段過ごしている森とは違って空気は汚く、人の話す声や物音はうるさく、草木さえ色がなんとなく濁っています。

「なんだか昔よりずっとひどくなっている」

女の子は呟きました。どこの建物にも入りたいという気持ちがおこりません。

店先に飾られた服や商売繁盛の本、安さを競う食べ物。店員の宣伝文句につられ、品物を手に取りお金を払う人たち。

品物を買ったヒゲの男は弾んだ声で連れの女に言いました。

「みんな、この水薬で病気にかからなくなると言ってる。これで安心だ」

「私はドレスが欲しいわ。若草色が流行なの」

「薬も買う金の無い奴が病気を広げる。困ったもんだ」

「この間のお茶会でおしゃれな人はみな若草色のものを身につけてたわ」

「この水薬は飲むとはじめ熱がでるそうだ。でも病気にかからないためなら熱くらい仕方がないな」

「ドレスのためにウエストを細くしたい。骨を削ろうかしら?」

女の子はまじまじと二人を見つめてしまいました。まったく会話になっていません。

この人たちはいったい何をしているんだろう?と女の子は興味を持ちました。


その瞬間、女の子は連れの女になっていました。

体が重く、深呼吸ができません。不思議に思って体全体に意識を走らせます。呼吸が苦しい原因は細い胴体をさらに閉めあげる服を着ているからでした。でも連れの女の頭の中では自分が太っていると考えています。女の子はびっくりしました。

「こんなに細いのにこれ以上やせる必要ある?」

水薬を持ったヒゲの男がうなずきました。

「そうだ、やせる必要はない。いつも君はケーキを残し、油を悪魔のように恐れるが、今のままで充分だ!」

その言葉を聞き、連れの女の心から感情があふれ出すのを女の子は観察していました。流行のドレスが似合わない恥ずかしさ、好物なのにケーキを残す苦しさ、みんなと同じものを着れる安心感。

そして、連れの女が小さな少女だったころの記憶が見えてきます。

小さな頃はえくぼが可愛いころころした少女でした。正装してほっそりした姉たちと並ぶ度に少女の母が言いました。「なんてみっともないんだろう! これじゃこの子だけお嫁にいけないわ!!」そしてその日のおやつも夕食も抜きにされます。

連れの女はおびえていました。太っているのは母を嘆かせること。皆と同じドレスが着れないのは劣った女の証。ケーキを残すのはちゃんとした女であるために必死に努力をしているだけなのです。


女の子は悲しくなりました。連れの女は自分の苦しいという感覚や心地良いものが好きという体の言葉を無いことにしていました。

母に誉められるか、世間と同じかどうかが判断の基準です。彼女を肯定するヒゲの男の意見なんか聞こえません。自分の頭の中の批判や罵倒の声しかか聞こえません。

「これじゃ、会話ができないのも当たり前だわ」

「会話? どうしたんだい君。僕たちは会話をしているだろう」

連れの女になった女の子はヒゲの男をみました。この二人の日常の記憶が流れ込んできます。二人は結婚してからずっと会話ができていません。誰かからの受け売りや噂話、感想じみたものを互いにつぶやきあうだけです。でもそれが会話であり、世間一般の結婚であると信じ幸せだと思っているのです。

「なんてこと」

連れの女になった女の子はその余りにもむなしい日常にうめき声を上げました。この女の人の心はどれだけ痛んでいるのでしょう。

女の子は連れの女の心に注意を向けます。連れの女の心の奥にはえくぼが可愛い少女がうずくまりぶつぶつ呟いています。女の子は心の奥の少女の声に耳を向けました。

「傷つくくらいならば、本音を隠す方がまし。受け売りやありきたりな感想を言うだけならわたしは安心だ」

そして心の奥の少女は女の子をにらみ、体の中から弾き飛ばしました。


気がつくと女の子は道ばたで立ちすくんでいました。

ヒゲの男と連れの女は何事もなかったように笑いながら目の前を通り過ぎていきます。

「あの女の人は傷ついているのね。自分を守るためにあんな風に外見にこだわり、本音を無視するのね」

女の子はごみごみしたうるさい大通りとくすんだ色彩の人々を見回します。

先ほどと違って見えました。みんな心に傷を持ち自分を守るために必死なのでした。店先に飾られた服はみんなと同じという安心感でした。商売繁盛の本は金銭こそ自分を守ってくれるという信仰でした。安さを競う食べ物は栄養よりも満たしてくれるのは節約という思考の現れでした。

「街の人たちは生きることで精一杯なのね。確かにこれでは内なる声も自然の声も聞けない」

女の子は昔、相談に来た人が「だれも内なる声も自然の声も聞く暇なんかありませんよ!」と言っていたことを思い出しました。女の子はそんなバカな、内なる声も自然の声も聞くことは誰でもできると思って、相談に来た人の頼みを一蹴したのです。

続く

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