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今こそ、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の話をしよう

ツイッターで延々と不妊治療の愚痴をつぶやいていたら、同じように疑問を抱く仲間とつながるようになって、ついには副大臣室や議員会館でも「どうぞ愚痴ってください」とお呼ばれされるようになった。(こうした愚痴を吐く場をオトナは「陳情」や「意見交換」と呼ぶらしい)

不妊治療の保険適用拡大は菅政権の目玉政策に取り上げられ、一時はニュースで「不妊治療」という用語を見かけない日はないほどだった。1年前までは誰も想像していなかったことだ。

2022年4月開始を目指す保険適用の議論と並行して、不妊治療の助成拡充は早くも実現された。補正予算をさかのぼってまで適用する異例の事態になっている。

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日本経済新聞2020年12月14日電子版より

菅政権のもと、思いがけないスピードで不妊治療関連の改革が進む一方で、手放しに喜べない自分がいる。理由はひと言でいうとリプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点が欠けたまま議論が進んでいるから


(セクシュアル・)リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは?

Sexual and Reproductive Health and Rights (SRHR)は日本では「性と生殖に関する健康と権利」と訳される概念である。

リプロダクティブ・ヘルスとは、性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも本人の意思が尊重され、自分らしく生きられること
リプロダクティブ・ライツは、自分の身体に関することを自分自身で決められる権利のこと

リプロダクティブ・ヘルス/ライツという言葉にはなじみがない人がほとんどだろう。しかし、実は、私たちに取って身近な問題の多くは、リプロダクティブ・ヘルス/ライツという大きな傘の下に含まれている

では具体的に、日本社会にどれだけリプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点が欠けているか?例を挙げて見ていきたい。

すべての個人とカップルが、子どもを産むか産まないか、自分自身で決めることができていますか?

不妊治療の保険適用の必要性を訴えていると、よくこんなことを言われる「保険適用によって、産みたくない人、治療したくない人の権利が損なわれないか?」

これはまさに、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの前提がないからこその発言だ。子供を産むか産まないかは個人とカップルが決めること。仮に不妊治療が全面的保険適用されようが、公費で無料で産めるようになろうが、人工子宮が普及してお腹を痛めずに産めるようになろうが、本人が産みたくなければ産まなくていいのである。当たり前だ。

私は子供が欲しくて欲しくて治療に大金をつぎ込んでようやく出産に漕ぎつけた人間だが、産みたくない人の権利を阻害している存在に仕立て上げられるのは本当にごめんだ。産まない人の権利を邪魔しているのは不妊治療患者ではなく、二言目には「子供は?」と聞く無遠慮な世間の声なのだ。

また、産みたくて治療をしているカップルに「そこまでして必要?」「養子を取れば?」という人々も、リプロダクティブ・ライツを侵害していると言える。

すべての個人とカップルが、いつ産むか、自分自身で決めることができていますか?

まず前提として、生物的な限界の存在は既にほとんどの人が認識しているので、ここでは触れない。内閣府の調査でも「男女ともに年齢が高くなるほど、妊娠する確率が下がる」等、妊娠と年齢の関係について知っているかを聞いたところ、「知っている」「聞いたことがある」人は86.0%となっている。

日本では女性が最初に出産をする平均年齢は30歳を超えている。この30年間で4歳も上昇しており、これはOECDでデータが公開されている28カ国中4番目に高い。

思い返せば学生時代、女子大生だった私たちの間で結婚や出産はまだ遠い先の話だという認識は共有されつつも、「30代に入ってから産みたい」と考えている子は少数派だった。

しかし、あれから10年以上。学生の頃に思い描いていた通りに結婚、第1子出産、第2子出産…と妊娠出産のタイミングをコントロールできているのはごく一握りだ。

産みたいタイミングで産めない背景には様々な要因がある。もちろん100%社会の責任ではない。しかし、自己責任だと個人を責めても、誰も救われない。女性が産みたいタイミングで産めるように、社会はどう変わるべきか?これもリプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点である。

安全に安心して妊娠ができていますか?

女性たちが妊娠を先延ばしにしてきた最大の理由は、安心して妊娠出産できない社会にある。どう言いつくろったって、女性は妊娠したら最後、仕事と家庭はトレードオフなのだ。

私が働く職場は、「子育てサポート企業」として厚生労働大臣からプラチナくるみんに認定されている。そんな大臣お墨付きの、日本有数の恵まれた環境ですら、仕事と家庭の両立に挫折し、職場を去る先輩たちが後を絶たない。

仕事も家庭も、と望むのはエゴなのだろうか?漠然と考えていた私は、先日とあるシンポジウムで次のように問われて、雷に打たれたような衝撃を受けた。

「もし私たちの社会の要職に就く男女比率が逆だったら?」

国会議員の90%が女性。経営者の92%が女性。管理職も、教員も、自治体の長も女性だらけだったら?

きっと社会はまったく違う形をしているはずだ。

私たちは安心して妊娠できるはずもない。だってこの社会で権力を持っているのは男性たちなのだ。出産もしない、妊娠もしない、家事も育児も介護もしない男性のために最適化された社会で、女性から悲鳴があがるのも当然だ。

安全に安心して出産ができていますか?

痛いのは誰だって怖いしイヤに決まっている。しかしこれがこと出産となると、人生最大級の痛みに対してイヤということすらはばかられる日本社会

去年、妊娠した際に、「日本の硬膜外無痛分娩率は徐々に増加しています」という文章をふむふむと素直に受け止めたあとに、数値を知ってズッコケた。

2007年の全国調査では2.6%でしたが、2016年には6.1%に増加しており、年間約5万人以上の妊婦さんが硬膜外無痛分娩を行なっていると概算されています。

6.1%という数字が、世界的に見ていかに低いかは下のグラフからも一目瞭然だ。

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日本産科麻酔学会ホームページ無痛分娩Q&Aより作成

希望すれば全国どこでも無痛分娩が受けられるくらい体制が整っていたら。麻酔が保険適用されていて10万円も払わずにすむのなら。無痛分娩を選ぶ人は何倍にもなっているはずだ。現に、ミシガン州における在米日本人の硬膜外無痛分娩率は63.2%だそうだ。

安全に安心して避妊や中絶ができますか?

この見出しにはギョッとしたかもしれないが、安全に安心して妊娠出産できることと、安全に安心して避妊中絶ができることは表裏一体だと思っている。

2020年7月。私たちが不妊治療の保険適用を求める署名を国に提出したのと同じ月に、アフターピルの薬局での販売を求める署名と要望書が国に提出された。

SNSなどで #なんでないの というハッシュタグを見かけたことがあるかもしれない。日本のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ領域は本当に「なんでないの?」だらけなのである。

アフターピルもなければ、経口中絶薬もない。

中絶と聞くと、ついスキャンダラスな10代を想像をしてしまったあなたはドラマに影響されすぎ。10代の人工妊娠中絶実施率は20代、30代よりも低い。

中絶手術が行われるのは、望まない妊娠をした時に限らない。子供を望んでいるカップルが流産や死産をした際に行われるのも、同じ中絶手術なのである。

日本の16~49歳の女性のうち約6人に1人は中絶の経験があると推計されている。これだけ件数が多いにも関わらず、日本ではWHOから時代遅れと評価される掻爬法という古い術式が80%の手術で採用されている

経口中絶薬も未認可だ。既に65カ国以上で認可されているものが、どうして日本では認められないのか?

他人の権利を尊重しつつ安全で満足のいく性生活をもてていますか?

これに対する答えは、大半の日本人がNOということは統計的にも示されているのは有名な話だ。こちらはやや古い調査結果だが、大まかな傾向は現在も変わっていないだろう。

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セックス頻度も性生活の満足度世界でぶっちぎりのワースト1位。

ちなみに体外受精の実施件数も世界でぶっちぎりの1位である。

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世界一セックスが嫌いなのに、世界一体外受精している日本人。クラクラするようなこの歪な現実も、私たちのリプロダクティブ・ヘルス/ライツがないがしろにされている結果に思えてならない。

誰もが妊娠・出産、家族計画、性感染症、不妊、疾病の予防・診断・治療などの必要なサービスを必要な時に受けられていますか?

子供がほしいのにできない夫婦がいたとする。

もしこの夫婦が妊娠するために最寄りの産婦人科に通ったとしよう。そこでは適切な検査や診断を受けられず、非効率な治療を行って時間をロスする可能性は高い。

もしこの夫婦が平均的な収入だったら。体外受精にチャレンジするのは躊躇するだろう。100万円単位の貯金がなければ、体外受精には踏み込みづらい。

もしこの夫婦が地方に住んでいたら。通える範囲に体外受精ができる施設は限られているだろう。治療成績を開示している信頼できそうな施設はゼロかもしれない。

患者が、情報収集に貪欲で、高収入で、都会に住んでいないと適切な治療にたどり着けない今の現実は間違っている。

まだまだあるよ、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの課題

その他にも、強要を受けることなくセクシュアリティを表現できること、ジェンダーに基づく暴力、性的同意、卵子・精子提供、代理母の問題、強制不妊手術…リプロダクティブ・ヘルス/ライツの課題は多岐に渡る。

自分らしく生きられること
自分の身体に関することを自分自身で決められること

私たちはこれらが当たり前になってない社会に生きている。書いていて何度も気分が悪くなりそうになったほどだ。

だけど、「そんな社会はおかしくない?」と感じて、声をあげる人も着実に増えている。

先日放送された『逃げ恥スペシャル』で、男性育休の取得をしぶられた平匡さんもこんなことを言っていた。

「そもそもなんですけど、仕事を休めないってこと自体が、異常ですよね」

そう。そもそも私たちにあるはずの権利を行使することが、どうしてこうも後ろめたいのか。逡巡した結果、ドラマでは平匡さんは後に続く人の道を作るためにも、「さも当然」顔の練習をする。

もっとリプロダクティブ・ヘルス/ライツの話をしよう

できれば「さも当然」という顔をしながら。