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8回目の妊娠までの話

妊娠しました。今6カ月で、夏に生まれる予定です。

でも実は、この報告は3年前にもするはずでした。東京オリンピックの頃には、3歳になる子供がいるはずでした。…オリンピックに関して予定がくるったのは、もはや私だけの問題ではなくなってしまいましたが。

妊娠してから、出産するまでは40週間。ただでさえ、とても長い時間です。しかし私たち夫婦の場合は、初めての妊娠をしてから、出産するまで208週間もの月日がかかることになります。妊娠はするものの、流産を繰り返してしまう「不育症」という病気だったからです。

(参考:厚生労働省 不育症リーフレット)


検査だけでも何十万円というお金を費やし、いくつか原因らしきものは見つかりましたが、はっきりとした流産の原因は今も分かっていません。

検査で得られたわずかなピースをつなぎ合わせて、私たちは着床前診断(PGT-A)という技術に希望を見出すようになりました。海外ではずいぶん前から利用されている技術ですが、日本産科婦人科学会(日産婦)の取り決めで国内では非常に狭い対象にしか門戸が開かれておらず、年齢が若すぎることなどが原因(!)で私たちは受ける資格がありませんでした。

医師に検査を申し入れても拒否され、不育症検査を受けるまでに3回も流産させられたこと。
着床前診断という治療法があるのに、日産婦の筋が通らない取り決めのせいでそれを試すことすらできないこと。
これからどうしたらいいか遺伝カウンセリングの権威に相談すると「5回流産してから考えては?」と言われたこと。

私は深く絶望しました。産婦人科医に。遺伝カウンセラーに。この国の医療に。

怒りと絶望に突き動かされて情報を集めるうちに、日産婦から除名されてでも、2004年以降、信念をもって患者のために着床前診断を提供し続けているクリニックが神戸にあることを知りました。そこには私と似たような患者が全国から通っており、難治性の患者を多く受け入れているにも関わらず、驚異的な治療実績を誇っているというのです。

すぐにでも神戸に通いたかった。
しかし、すぐに決断することはできませんでした。

着床前診断を受けるためには、体外受精をしなければなりません。
埼玉県に住む私が、仕事をつづけながら頻繁に神戸に通うことなどできるのか?数百万円にものぼるかもしれない治療費のため、仕事はなんとしても手放せない。仮に仕事をやめて治療に専念したとして、結局子供を授かれなかったとしたら?仕事も、貯金も、子供を持つ未来も、すべてを失うことなる…

私にとっては、これまでの人生で最大のギャンブルでした。


子供を諦められたら、どんなに楽だったことでしょう。
でも5人家族で幸せに育った私は、子供のいない未来予想図など描いたこともありませんでした。

悶々としながら、妊活を続けました。
そして4度目の流産をしました。だんだんと妊娠できるまでにかかる時間が長くなっていた焦りから、人工授精にステップアップしました。
1回目の人工授精で妊娠し、化学流産しました。2回目の人工授精でも妊娠し、また化学流産しました。

また絶望が深まりました。

3度目の妊娠あたりからは、短期間で何度も妊娠していたこともあり、妊娠検査薬が使えるようになるはるか前から、妊娠を自覚できるようになっていました。ちょっとした特殊能力みたいでしょ?でもそれが何週まで続く妊娠かは分かりません。

人工授精のあとは、もう四六時中期待と不安で気が狂いそうでした。考えたって仕方ないのは頭では分かっているのに。これまでだって何度も裏切られてるんだから期待しちゃダメなのに。でもはやる心は抑え込めなくて、やっぱり裏切られて。


もう限界でした。

体外受精にステップアップしよう。神戸での治療に最後の望みをたくそう。期限は1年間。
それでもダメだったら、2人で生きていこう。世界中を旅して、家族が増えたら手が届かなかったようなステキな街に引っ越そう。

そうして不妊治療を中心にすべてが回る生活が始まりました。
その生きづらさはこれまで治療経験者以外にはなかなか伝わりづらかったのですが、新型コロナのおかげで感覚的に理解してもらえる部分が増えたんじゃないかと思います。

「最近どう?」という質問に、不妊治療を抜きにしてまともに答えることはできません。少し先の予定も満足に立てられません。こんな状態がいつまで続くかも分かりません。自分も苦しいけど、もっと苦しい立場の人もいっぱいいて、泣き言をいうにも配慮が必要です。努力ではどうにもならない問題です。誰のせいでもありません。でも無力感を感じずにはいられません。どこまで信用できるかも分からない統計数値に振り回されっぱなしです。国にできることはたーくさんあるけど、信じがたいくらい役立たずです。不妊治療を保険適用にすらしてないくせに、少子化対策を語るな。

そして孤独です。同じような立場でもがいている人は実はたくさんいるんだけど、とにかく孤独。
日本では不妊に悩む夫婦は5.5組に1組。体外受精で産まれる子供はいまや16人に1人です。でも治療していることを周囲に打ち明ける人はわずかです。
また、流産は妊娠するごとに15%の確率で起こります。母体の年齢が上がるとともに確率は高まり、40歳を超えると50%は流産してしまいます。でも流産のことも、ほとんど語られることはありません。


初めての採卵は、完全なる敗北に終わりました。当時の私の魂の叫びがこちらです。

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着床前診断を受ける以前のステップで躓いてしまったのです。予想外でした。体外受精は①卵子を採卵して②体外で卵子と精子を受精させて③受精卵を移植する。教科書的な知識としてはそれで正しいのですが、実際にはいくつもの小さな関門があり、そのすべてをクリアして初めて出産にたどり着けるのです。

7月。2回目の採卵でようやく移植できる卵が見つかりました。20個採卵して、育つ見込みのあるものはたった1個。
もっと移植できる卵を確保してから先に進む選択肢もありましたが、一刻も早く治療から解放されたくて、移植に踏み切りました。

しかし、またもや小さな関門に立て続けに躓いてしまい…ようやく移植までたどり着いたのが12月。神戸のクリニックに転院してから8カ月後のことでした。

判定日はクリスマスイブ。医師から8回目の妊娠を告げられました。
これまでのことがあるので、年末年始の休暇を除いてクリニックには経過観察のため毎週通いました。つわりで新幹線通院が死ぬほど辛かったこと以外は、拍子抜けするくらい順調でした。

妊娠9週で、ついに不妊治療クリニックを卒業。まだ服薬は継続中ですが、晴れて「患者」から、憧れの「妊婦さん」になれました。
そして、今に至ります。

1年足らずの間に埼玉と神戸を24往復しました。近隣に宿泊して連日通院したことも何度かあるので、通院回数はもっと多いです。
不妊治療にかけた総額は230万円。それに加え、旅費に120万円は使ったでしょうか。

旅費は工夫すれば半分くらいに抑えることも可能だったかもしれません。通院の9割は夫が付き添ってくれていたので、倍近くかかってしまいました。でも一切後悔はしていません。

不妊治療はずっと二人三脚で乗り越えてきました。
転職初日に不妊治療に付き合うための休暇について上司と交渉してくれた夫。
痛くてうまく自己注射ができない私の代わりに、毎晩注射を打ってくれた夫。
採卵手術の全身麻酔から目が覚めたら、手を握ってくれていた夫。
1人だったらただしんどいだけの遠方通院を、遠出のデート気分にしてくれた夫。
数十万円のお会計にオロオロする私に対して「これより大事なお金の使い方ある?」と笑った夫。
夜中に生理が来て落ち込んでいると、いつも必ず起きて待っていて、泣き止むまで抱きしめてくれた夫。
結婚当初の快活さは見る影もなくなり、うつ状態で別人のようになってしまった私のことを変わらず愛してくれた夫。
原因は卵子なんでしょ?と言う義母に「今の科学では分かってないだけで僕にも原因があるかもしれない」とかばってくれた夫。
私なんか捨てて子供を産める人と再婚したら?と聞いたら「君と結婚できた時点で僕の夢はもう叶ったの。もっと良い仕事も、子供も、全部おまけ。僕は夢の世界で生きてるわけ!」と力強く返してくれた夫。

…運悪く100万人に1人の遺伝疾患で不育症になってしまったけれど、100万人に1人のパートナーを引き当ててしまったんだから、世の中バランスが取れているのかもしれない。


なるべく短くまとめようと思っていたのに、ずいぶんと長くなってしまいました。書きたいことの100分の1も書けてないけど、これ以上長くなると読んでもらえなくなりそうなので…

知らないだけで、あなたの身近にも必ず5.5組に1組の不妊治療経験者はいます。今も渦中にいる人かもしれない。
でも普通にしてたら、その人たちの思いの丈の100分の1すら聞くことはないと思います。
私は近しい友人や家族には治療のことをオープンにしていた方ですが、大事な人にこんな重たい話をぶつけるのは申し訳なくて、なかなか言いたいことが言えませんでした。

こうしてnoteに気持ちをまとめることができたのも、私は運がよかったからです。治療の渦中も、そして治療が終わったあとも、周りに気持ちを打ち明けられずにいる人が日本には何百万人といます。

不妊や不育症の体験は、100組いたら100通りのストーリーがあります。私の体験は決して代表的なものとは言えませんが、これを読んでくださった方が少しでも不妊や不育症を身近に感じてくだされば本望です。
また、これを読んだリアルの知り合いで、もし妊娠のことで悩んでいる方がいたら…。何年も連絡を取っていない仲だろうと遠慮はいりません。相談に乗ります。愚痴聞きます。ハグしに行きます。(しばらくはオンラインハグになりますが…)

なるべく専門的な話は書かずに体験をつづりましたが、日本の不妊治療事情の詳しさに関しては、そこらの産婦人科医にも負けないと思います。こんな不遜な態度を取ると顰蹙を買うかもしれませんが、医師もピンキリです。そして、日本は残念ながら不妊治療で出産できない国世界1位であり、知識で武装しないと遠回りさせられること必死です。少しはお役に立てると思います。

この数年で心に負った傷は、おそらく出産できた後も完全に癒えることはないと思います。でも、自分と同じ悩みを抱えている人の役に立てたと感じられる瞬間は、少しだけ傷が薄くなる気がします。本当はあんな思い、もう誰にもしてほしくないけれど、不妊や不育症は一定の確率で起こってしまう。だったら、せめてその苦しみを少しでも軽く、短く、できないか。私にできることはなんだろう?ずっと考え続けてきた結果の1つがこのnoteです。

もう1つできることとして、不妊治療費の保険適用に向けて署名活動に協力しています。不妊や不育症をなくすことはできなくても、せめて金銭的な壁を低くできたら。産みたい人が産める社会に向けて、ぜひ署名をお願いします!


※2020年7月20日追記※ 不妊・不育治療の環境改善を目指す当事者の会(ツイッターアカウント: @funinfuiku2020)のメンバーの一員として、不妊治療費の全面的な保険適用を求める10,497名分の署名と要望書を自民党「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」へ提出しました!
※2020年9月11日追記※ 自民党総裁選に立候補した菅義偉官房長官が、不妊治療への保険適用の実現をめざす考えを述べたことに、インターネット上で大きな反響が起きています!


最後に。
不妊や不育症とはこれまで縁がなかったのに、ここまで読んでくださったあなたは、きっとエンパシーに優れた心やさしい人です。無知や偏見からくる言葉に傷つけられても、希望を捨てずにいられたのはあなたのような人たちのおかげです。ありがとう。

それから、不妊や不育症の渦中にいるあなたへ。
1日も早く、あなたの願いが叶うことを心から祈っています。まだ1人目が無事に産まれるかも分からないのに気が早い話だけど、憧れのオバマ元大統領夫妻を見習ってうちは2人目も体外受精で授かる気満々です。いつも仲間だと思っています。一緒にがんばろうね。